第38話 密談

 カロルス様に手を引かれて廊下をこそこそと進む。ただ、それだけなのに、あんな変な考えをしてしまったせいで意識してしまう。

 手がじんわりと汗をかいている気がする。おかげでさっきより強く手を握られてしまった。なんかごめんなさい。


 ああ、もう! 旦那様のバカー! って旦那様のせいじゃない。いや、やっぱり旦那様のせいだよ!


「モエ、誰かに見つからないか不安なのは分かるけど、落ち着いて」


 カロルス様に小声で注意された。さすがにテンパりすぎかな。


 そうだ。私達は奥様を助けなきゃいけないんだ。頑張れ、私! そしてカロルス様!


「何で手を繋いでるの?」

「はぐれそうだから」

「子供じゃないんですよ」


 とりあえず文句を言う。


「うーん。何だか手を離した途端に『奥様を助けなきゃ!』って走り出すような気がするんだよな、さっきの焦りようを見てると」


 からかうように笑われる。

 そんな事ないって笑い飛ばしたいけど、気持ちは確かに焦ってるから否定はできない。


「まあ、お義姉様と合流したら指示を仰ごう」


 カロルス様の声に無言で頷く。


「申し訳ございません!」


 近くの部屋から声が聞こえた。


「乙女が脱走しました!」


 聞こえてきた言葉にドキッとする。つい、恥ずかしいのも忘れて、カロルス様の手をしっかり握る。

 どうしよう。もうバレた!


 一応、あの部屋には私の代わりとして、気絶してる芋虫私兵さんをそれとなく置いてきたけど、全く身代わりになってくれなかった。残念。まあ、体格が全然違うもんね。


 ささっとカロルス様は私を連れて、人に見つからなそうな場所に身をひそめる。でも、部屋の声はしっかりと聞こえる場所なのがちゃっかりしてる。


「何故逃したんだ!」


 あ、バルバルザーレ卿の声だ。


 そこで『あ』と言いそうになったらしい。カロルス様が口の前で人差し指を立てた。

 うん。分かってます。静かにするんですね。


「どうやら手引きした者がいたようで」

「エインピオ卿か?」

「さあ、分かりません。男性のようですが……」


 ん? カロルス様って知名度ないの?

 つい、じーっと見てしまう。カロルス様はなんとも言えない顔をしている。


「全く。もうすぐ魔法使いの客が来る頃だろうに。わしの実力を遺憾なく発揮出来るいいチャンスだというのに」


 ブツブツ文句を言ってる。


 でも、もしこれが普通のお披露目だったらきちんとやるつもりだったんですよ。私達をこんな酷い目に遭わせなければ逃げられたりはしなかったんですよ。


 ただ、そうなると、バルバルザーレ卿じゃなくて、奥様の実力を発揮する場になるけど。

 ああ、それで奥様から私を引き離したのか。

 って、それって横領じゃないの? 人を横領ってなんか変だけど。


「モエ、誰か近づいてきてるから気配消して」


 耳元で囁かれる。


 気配消して? 意味は分かるけど、そんな高度なテクニック、私には無理!

 ただのど素人に何を要求してるんですか、カロルス様。

 とりあえず軽く息を止めて身を硬くしてみる。でもすぐ苦しくなった。おまけにカロルス様に苦笑された。これじゃないらしい。


 その時、近くのドアから誰かがするっと入っていくのが見えた。


「ごめんなさい。ベアトリス夫人は見つかりませんでした」


 この声は、カタリナだ。そうだよね。助手とか言ってたもんね。奥様悪意捜索隊に加わってるよね。


「ベアトリスも見つからんのか!」


 バルバルザーレ卿がイライラしている。


「何があったんですか? 大伯父さん」


 大おじさん? 大きいおじさん、じゃないね。おじいさんおばあさんの兄弟だっけ。

 カタリナってあの人の親戚だったんだ。


「乙女まで逃げたんだよ」

「乙女って、モエですよね」


 カタリナがびっくりした声を出す。


「先ほど、カロルス・エインピオを見かけたので、彼と一緒なのでしょうか」


 う、うわぁ。バレてる。そういえば助けに来てくれてた時にいたもんな。


「どうせ、すぐに捕まるだろうと思って近くの者に話だけはしたのですが、もっと警戒するべきでした。ごめんなさい」

「カロルスというのはエインピオ卿の……?」

「弟です」

「気が多いな、乙女というのは。兄弟を取っ替え引っ替えか」


 ……は?


 なんだかめっちゃ軽い女みたいに言われた。


 怒りを燃やしていると、カロルス様に『まあまあ。気持ちは分かるけど落ち着いて』というようになだめるようなジェスチャーをされた。


「他には誰かいたか?」

「はい。ユニコーンが」


 げ! ユニコーンの事までバレてる。思わず、カロルス様のカバンを見てしまった。


「ただ、セーラスではないようです。私が見たときには違う名前を名乗っていました。多分、カロルスのユニコーンかと」


 その言葉にカロルス様となんとも言えない苦笑いを交わす。

 でもある意味では今回の馬はグッジョブでは? 意図せず騙せてるし。


「何? カタリナは知らないの?」


 耳元で囁かれる。

 肯定の意味を込めてこくんと頷いた。


 『ポップコーン』ってあだ名を知ってるのは、奥様と、カロルス様と、セーラス様本馬だけなんですよ。


 口には出せないので指を折る事で示す。折った指の数で大体分かるでしょ。


 苦笑してるから分かってくれたのかな。


 その時、カロルス様が、ハッと警戒した顔をして私を抱き寄せた。


 い、いきなり何!?


 その次の瞬間肩を叩かれる。


 え? と思った時には、私達はさっきとは違う場所に移動させられていた。

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