第35話 地下での対話

 ぽかんとしたままカロルス様を見る。


 多分、抜いてない剣を持ってるから峰打ちとかいうやつをやったのかな。

 部屋はさっきより明るい。ポップコーン馬が角で照らしてくれて……こいつそんな事も出来るの? 便利。


「とりあえず、モエはこんな感じで縛られてたな」


 そう言って、カロルス様はさっきまで私を縛ってた縄で私兵さんを縛りにかかる。あっという間に私兵さんは動けない状態になった。とは言っても気絶してるからどっちにせよ動けないけど。


「私、こんなだったんだ?」


 ついそう呟いてしまう。だって本当に芋虫って感じの縛り方だったから。

 なんていうかみっともない転がり方だなって思う。いや、縛られるのにみっともないとかかっこいいとかそういうのもないけど。


「それにしてもカロルス様、剣持ってたんですね」

「いつも差してるけど、気づかなかったのか? ほぼ毎朝会ってたのに」


 話題を変えると呆れた声が返ってきた。


 ……はい。全く気付きませんでした。


 無言でいると、何とも言えない視線が突き刺さってくる。

 ま、また話題変えようかな。


「それにしてもどうやって来たの?」

「魔法使いの格好をして潜り込んだ。マントだけだけど。今日はここは魔法使いの訪問者だらけだから何一つ怪しまれなかったよ」


 そういえばマント着てる。『カロルスさまが来た』という事に驚きすぎて格好までは見てなかった。


「……それは身分詐称じゃないの?」

「マナが強いから広義的には僕も魔法使いと言える」


 だから詐称じゃないって無理ないですか? ねえ、どうなの?


「助けに来れたんだからいいだろ」


 そう吐き捨てられた。


 ポップコーン馬は目立つのでは、と思ったけど、一時的に小さくなってカロルス様のカバンに隠れていたらしい。やっぱり便利。


 とりあえず助けに来てくれた事はありがたいのでお礼を言う。


 でも、私はこうやって拘束外れたけど、奥様は大丈夫なのかな。

 そう思ってると落ち着かなくなってつい立ち上がる。でも、ふらついてしまった。すぐにカロルス様に支えられてまた座らされてしまう。


「もうちょっと落ち着くまで待った方がいいな」

「でも奥様が!」


 もう一度立ち上がる。だけど、結果は同じだった。


「だから! もうちょっと待ってから出ようって言っているだろ。それからお義姉様と合流すればいい。今はお義姉様を探すためにこの屋敷中の廊下は人だらけだろうから」


 聞き分けのない子供を諭すように言われる。


「それにお前何時間も縛られてたんだからな。すぐには立てないだろ。それにこんな事になって自分では気づいていないかもしれないけど、精神的ダメージもあるだろ。だからお前が落ち着くまで待ってるの。分かりますか? 


 やっぱり子供扱いだ! ちゃん付けが! ちゃん付けがわざとらしい!


 睨むと、なんだか微笑ましそうな視線が返ってきた。失礼だ。


 本当にこの人はいつも私を馬鹿にする。カタリナと揉めたときだって……。


 そう考えたとたん、今日、バルバルザーレ卿に会ったときに付き添っていたカタリナの姿を思い出す。さっき私たちを蔑むように立ち去った姿も……。


「乙女? どこか痛いのか?」


 馬が心配そうな顔で寄ってくる。


「モエ……」


 カロルス様まで気遣うような口調を出してる。


 そうして私の頬に手を触れる。優しい手だ。

 だけど、次の瞬間、その手のまま何故かほっぺをつままれた。

 びっくりしすぎてポカンと口を開けてしまう。


「ほっぺが痛いです」


 ついでに時間差でポップコーン馬の質問に答えた。でも、多分あいつの求めてた答えはこれじゃないと思う。


「……カロルス? 何してんだお前」


 馬まで呆然としてる。そりゃそうだ。


「いや、その、泣いてたから何かした方がいいかなと思って。でも、いきなり撫でたら失礼かな、と」

「……だからって女の子のほっぺつねる? 普通」

「でも頭撫でたら『カロルス様、超怪しい』とか思うだろ、お前は」


 ……そんな事ないとは言えない。今までが今までだもんね。


「何か企んでるかな、と思います」

「だろう? って失礼すぎるだろう? まあ、それくらい疑った方がいいと思うけど」


 それがカタリナの事を言ってるのが今なら分かる。


「カロルス様はちゃんと忠告してくれてたんですね」

「ん? 僕がメイドを悪し様に言う最低男だと思ってた?」


 冗談めかして言われたけど、実際思ってた。


 無言を肯定だと気づかれたらしくなんとも言えない顔をされる。


「……ごめんなさい」

「いいよ。友達を信じたいって気持ちは分かるからさ」


 ちらりと見る目が『それを利用されたわけだけど』と言ってる。


 全くその通りです。ごめんなさい。


「まあ、いいよ。これから気をつければ」


 カロルス様が何か妙に優しい。不気味なくらい。


「最近優しいですね」

「まあ、境遇聞いたからな。何だかお兄様には全く恋してないみたいだし、多少警戒心が取れたってとこかな」


 それはとってもわかりやすい説明だ。


「それに、カタリナと話して、僕がモエと直接敵対するのは良くないと思ったのもあるんだよ」


 変な説明だ。前にカタリナが言ってた『私への態度を改めること』が喧嘩の原因である事を否定してたのに。

 じーっとカロルス様の事を見つめる。説明して欲しいという気持ちをめっちゃ込めてみる。


「そんな目で見なくても話すよ。あの時の持ちかけられた話の内容だろう? 本当は伏せとこうと思ったけど、もうすでに傷ついてるからいいよな」


 こくんと頷いておく。怖いけど、でも聞かなきゃいけない。


「『モエの事をよく思っていないんでしょう。だったら彼女をさらうのに協力して』」


 多分、その原文ママに告げる。


「もちろん速攻で断ったよ。どんな理由があろうが、どんなに気に食わなかろうが、お前はエインピオ家が、いや、ベアトリス義姉様が保護すると決めた異世界人だ。その努力を義弟である僕が無にするわけにはいかない。それにこんな能天気な女の子を魔法使いの悪意の中に落っことすのは残酷だと思ったんだ」


 なんかさっきから言葉にところどころトゲがあるんですけど? 恨みがましい目で見たら、『お前が能天気なのは真実だろ』と返される。ひどい。


「えっと、それより、保護?」


 とりあえず気になったワードを拾う。


 だけど、カロルス様は何故か呆れたような目をした。

 これは何言いたいか私でも分かる。『気づいてなかったのかよ、この脳内お花畑』だ。


「私の存在ってそんなにやばいの?」

「お兄様たちほど詳しくは分からないけど、貴重なのは分かるからな」


 五十年ぶりだっけ。だからってただの異世界の人間をここまでして連れてくる? 変な人たちだな。


 そもそも『ユニコーンの乙女』って何なんだろう。


 私はちらりと全ての元凶である馬の方に目をやった。

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