第34話 助け

 呆然としながらそちらを見る。


 セーラス様? と言いかけて堪える。確かオレオレ詐欺の時は、先に相手の名前を言ったら駄目だったはず。

 あ、でもこれはオレオレ詐欺じゃなくてユニコーンユニコーン詐欺かも。いや、詐欺じゃないかもしれないし。

 ってそんな事思ってるけど、私、喋れないんだった。


「乙女、どうした? 私だ。だ」


 おい!?


 どう反応したらいいのか分からない。


 そう思ってたらそのポップコーンの近くで呆れたため息が聞こえた。つい身を硬くする。でも見知った人だったのでホッとした。


「モエ、大丈夫か?」


 その言葉と共にため息の主が近寄ってきて猿ぐつわを取ってくれた。そして芋虫状態も解消してくれる。

 ポップコーン馬よりこの人がここにいる方が不思議だ。


「大丈夫か?」

「はい」


 なんとかそれだけを言う。


 とりあえず立ち上がろうとしたが、ふらついてしまった。すかさず支えられる。相変わらずの力強い腕だ。


「もう少し座ってた方がいいな」


 情けないけど、その通りだ。私はしゅんと座り込んだ。


「どうして?」

「助けに来たに決まってるだろう。お義姉様とモエがバルバルザーレ卿達に攫われたと聞いたから」


 カロルス様は労わるような声で説明してくれる。

 それはありがたいけど。


「攫われた? 奥様も? でも奥様は……」


 奥様は毒を吸ってその治療に、と言いかけてやめる。きっと、そう言ったらまたカロルス様に『脳内お花畑』って言われる気がする。

 私ももう分かってる。今倒れている男は、私が奥様を『匿って』いるんじゃないかって聞いた。


「奥様は命を狙われてるの?」

「分からない。でも最終的な目的はモエだと思う」


 重い言葉に唇を噛む。


「それは、私が『異界の乙女』だから?」


 返事は『うん』であって欲しくない。でも現実は非情で、その通りの言葉がカロルス様の口から出てきた。

 だからあの人は奥様を殺して私をさらおうとした?


「私、ただの人なのにどうして?」

「ただの人じゃないって思われてるんだろう。幻獣に呼び出された異世界人だ。凄まじい量のマナを持っているだろう、と」


 はい?


「私にマナなんかないよ」


 そう言うと、カロルス様がぽかんとした。そしてちょっと遠くから『は!?』という声が聞こえる。


 今の、声は……。


 ううん。考えないようにしよう。私は何も聞かなかった。


 でも、カロルス様はそうではないようで、一瞬怒りの表情を浮かべる。


 だから、目線で知らないふりをして、と訴える。今は彼女の事は考えたくない。

その目を見たカロルス様は、情けない、というようにため息をついた。


 声の主は、ふんっ、とだけ言って立ち去っていく。


「それよりお前にマナがないって本当なのか?」

「ないよ。あったとしたらこんな縄、簡単にちぎれるでしょ。もしかして、と思って試してみたけど、駄目だった」


 実際に使えてたら自力で逃げて、悪者もやつけて、奥様も助け出せて完璧だったのにな。

 ……そうしたら奥様の誤解も解けるかもって打算がないわけじゃないけど。


「セーラスがポンコツなのかモエがポンコツなのか……」


 カロルス様がなんだか酷い事を言い出した。

 ほら、ポップコーン馬も何も言えず唖然としてるじゃん。


「それなら期待はずれって事で解放されるだろうな」

「だったらいいけど。でもそれを確認するためにいろいろされるんじゃない? 魔法の実験的なやつとか」

「それはあるかもな」


 同意しないで!


「まあ、とにかくここから出ないとな」

「出るだと?」


 ドスのきいた声が聞こえてきた。


 げ! あの騎士さんだ。起きたのか。


「そんな事は許さん。こいつはエインピオ夫人の殺害容疑が……」

「私はやってません!」


 またとんでもない容疑を蒸し返そうとしたのできっぱりと否定する。てゆーか、まだ死んでない、はず。脱走したんだよね?


「分かってるよ。お義姉様からモエが害獣の骸に怯えたって聞いたから。そんな人に人殺しは無理だよ。手をかける前に『やっぱり無理!』ってなりそう」


 信じてくれる根拠がそれなのはどうなのって思うけど、でもカロルス様に信じてもらえたのは良かったかも。


「でもエインピオ夫人が意識を失っているのを確かに見たんだ。俺達はその犯人であるこいつを処罰しなければならないのだ」

「騎士でもないお前が何故? 本当にやったのなら王都で裁かれるべきだろう?」


 カロルス様が厳しい声で問い返す。


「え!? この人騎士様じゃないの?」


 つい口を挟んでしまった。


「違うよ。こいつは多分、バルバルザーレ卿の私兵だ」


 きっぱりと言う。


「な!」


 言い当てられた私兵さんはわなわなと震えている。


「騎士服も着てないのに何で騎士だと思ったんだ」

「騎士服見たことないから。それに、最初に馬車の所に来た時はまた別の服着てたから騎士服かなって思った」

「つまり身分詐称をしたという事か。それも何もしていない少女に暴力まで振るうとは。嘆かわしいな」

「う、うるさい! さっきからお前は何なん……!」


 私兵さんがカロルス様に掴みかかった……と思ったら速攻で床に転がされていた。しかも気絶してる。いつの間に?


 これ、カロルス様が倒した、んだよね。


 ついまじまじとカロルス様を眺めてしまった。その視線を受けたカロルス様は困ったように苦笑いしてた。

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