第32話 容疑

 こ、こういう時どうしたらいいの? 人工呼吸? 蘇生のために心臓マッサージはいるよね。

 でもやり方知らない。どうすればいいんだっけ。えっと、心臓のあたりをぐっぐって押さえて、口の中に息を吹き入れる?


 とにかくやらないと。うろ覚えでも何もしないよりはマシだ。


 決意を固めた時、外が騒がしくなってきた。


「おい! これはエインピオ家の馬車じゃないか?」

「御者が倒れてるぞ。中の人は?」


 あ、気づいてくれる人がいた!


「誰か! 誰か助けてください! 奥様が!」


 急いで馬車の扉を開けて助けを呼ぶ。すぐに騎士みたいな格好をした人が来てくれた。

 って普通に騎士様だよね。みたいな、っていうのは失礼な気がする。


 騎士様は馬車の中で倒れている奥様を見てびっくりした顔をしている。


 そして私に目が向いた。


「お前は?」

「奥様のメイドをしております、モエと申します」

「メイド? 侍女ではないのか?」

「はい。今日はメイドの私が付き添いをしていまして、バルバルザーレ卿のお屋敷に向かっておりました」

「お前が? 夫人の専属メイドなのか?」

「いえ、ただのお掃除メイドです」


 これは怪しまれてるよね。そりゃそうだ。御者さんも奥様も倒れてるのに私だけなんともない。これ、絶対に怪しいって。

 っていうか何で私無事なの?


「ただの掃除専用のメイドが? それもこんな……」


 そう言って私をジロジロ見る。

 こんな、って失礼すぎない? きっとその後には『平凡な』とかつくんだろうけど。まあ、確かに私は平凡だけど。


「普通は掃除メイドを付き添いにはしないだろう。それも第一等貴族のご夫人が」


 うん。それは私にも分かる。奥様に付き添うのは普通は専属のジャズミーナさんかロザリンダさんだよね。

 でも、警戒を解くのは無理だと思う。普通堂々と『私は異界から来たユニコーンの乙女でーっす! 今日は私のお披露目で来ました!』とか言えないよ。恥ずかしすぎる。


「私は奥様専用のお掃除メイドなので」

「怪しいな」


 うん。絶対怪しいよね、その返答。分かってた。でもこれ以上どう言えと? 嘘は言ってないし。


「この女が下手人なんじゃないか?」


 あー。うん、だよね。怪しまれるよね。これは。

 でも私は無実だ!


「私は何もしていません。外から変な霧みたいなのが流れ込んできて、奥様に伏せろと言われて必死で伏せていただけです!」

「どうだか。美人で貴族のエインピオ夫人に妬みを持っているのかも」


 ないよ! ちょっと苦手だけど、恨みも妬みも持ってないよ。


「何があったのだ?」


 その時、第三者の声が聞こえた。この声はあの失礼な『お客様』。バルバルザーレ卿じゃん。

 思ってたよりお年を召している。そして何か言い方は悪いけど、その性格が顔までにじみ出てるような。これはメイド長さんを殴りそうだな、と。いや、かなり失礼だな。でもそのあごひげはちゃんと整えた方がいいと思います。


「これはこれはバルバルザーレ卿。実はエインピオ夫人がこの馬車の中で倒れておりまして……」


 騎士様が事のあらましをしっかりと説明してくれる。私が容疑者候補だって事までしっかり丁寧に説明されたのは仕方のない事だと思う。

 いい気はしないけど。


「ああ、この娘はおそらくユニコーンの乙女でしょう。わしも一度会った事がありますので」

「『ユニコーンの乙女』……?」


 こいつが? って思ってるのが口調で分かるんだけど。だから自分から言いたくなかったんだよ!


「なるほど。ユニコーンというのはエインピオ卿のセーラス殿か。だから夫人のベアトリス様が邪魔なのだな」

「違いますよ!」


 思わず声を出してしまった。誤解されるわけにはいかない。大体、邪魔なのはむしろ私の方なのでは?


「お前は黙ってろ!」


 思い切り脇腹を蹴られた。痛い! 容疑者扱いだからか、扱いが雑だ。


「どうなんでしょう。こんな何も考えていないような小娘に、このような大それた事が出来るのでしょうか」


 若手の騎士さんがそう言ってくださった。

 そう。私冤罪。助けて。


「それはどうでしょうか」


 次の声が聞こえた。でも、私が思ってもいなかった声だった。


「お前は?」

「ああ、わしの助手をしている者です。何か気づいた事があったのか?」


 バルバルザーレ卿が説明してくれる。助手? でも、この人は……。


「私はエインピオ邸に行儀見習いに行っていたのです。その時に彼女とも接する機会がありました」


 何でこの人がここにいるの? どうして平然とした顔で説明してるの?


「彼女は奥様に、エインピオ夫人に疎まれていて、とても困っている様子でした。きっと仲も悪かったでしょう」

「そうなのか? ではわしの所に行くのに付き添うのは変ではないのか?」

「そ、それはあなたが……」

「黙れと言っているだろう!」


 また騎士さんに殴られ、蹴られる。私はサンドバッグじゃない! 騎士道どこ行ったの? まさかこの世界にはないとか? とは言っても私も騎士道精神の事よくわからないけど。


「まてまて。この娘は異界の乙女なのだからもっと優しく接して差し上げろ。たとえ、エインピオ夫人を害した容疑があったとしても」


 嫌な笑みを浮かべながらバルバルザーレ卿がそう言った。

 だから濡れ衣!


「それで?」

「あなたが私を見たいっておっしゃったから来たんです!」

「つまり行きたくなかったからこんな事件を起こした、と?」

「そういえば嫌がっている様子でしたね。拒否権がなさそうだったので、逆らってはいませんでしたが」


 『助手さん』が付け加える。そして口を覆いながら馬車の中を覗いている。目が一瞬あったけど、ついそらしてしまった。


「これは、きっとコカトリスの吐息を使ってますね。その跡が見られます」


 そうなの? 跡なんてある? 私にはよく分からないけど。


「ああ、この前、エインピオ夫人はそれを倒した事で褒賞を受け取っていましたね。ああ、この娘はそれでこの作戦を思いついたのかもしれません」


 騎士さん!? なんで同調してるの?


「はい。そういえば彼女は実際にエインピオ夫人が倒したコカトリスの骸を見たとか。前に私に話してくださいました」

「やはり怪しいな、この娘」


 いや、どうしてそれで容疑が深まるの? それが何の毒とか私知らないよ!


 っていうか話したのだって、『この世界にはこんなモンスターがいるんだね。そしてそれを倒せる奥様すごいね』ってだけだったし。

 どうしてただの雑談で容疑が深まっちゃうの?


「とにかくわしの館が近くにあるので提供しましょう。この娘は取り調べまでそこの地下室にでも閉じ込めておきましょう。エインピオ夫人の介抱もこちらで」

「助かります」


 結局、私達はバルバルザーレ卿の所に連れて行かれることになったようだ。


 どうしてこんな事になったんだろう。とにかくしっかりと無罪を主張しなきゃ。


 それより奥様さっきから放置されてるけど、大丈夫だよね? 死んだりしないよね?

 でもピクリとも動かない。指さえ……。


 そう思ったら、ふ、と奥様の右手の人差し指がかすかに動いた気がした。でもそれは私の願望かもしれない。


「さ、来るんだ!」


 騎士様が乱暴に私の手を引く。


「引っ張らなくても行きま……」

「うるさい!」


 がっ! とお腹を蹴られた。苦しい。視界が暗くなっていく。


 そのかすかな視界の端でバルバルザーレ卿に連れられたカタリナが私を嘲るように笑ったのが見えた。

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