第31話 馬車の中で

 というわけで、私と奥様は馬車に揺られている。


 こういうのって普通箒に乗るもんじゃないの? なんで馬車? まあ、中世ヨーロッパっぽいけど。

 箒の後ろとかちょっと乗ってみたかった。変な動きしたら奥様に振り落とされそうだけど。


「箒?」


 あ、心の声拾われた。


「えっと、その、箒で空を飛ばないんですか?」

「あなたがお掃除メイドだからってそんなに箒を愛用しなくてもいいと思うの」


 何言ってんだ、という顔で言ってくる奥様。

 え? 私がおかしいの?


「と、いうことは奥様は空は飛べな……」

「飛べるわよ。でも箒は使わないわね。大体箒でどうやって飛ぶというの? 柄にでもまたがるの?」


 ……またがるんです。


「え? 本当にまたいで飛ぶの? 正気?」


 やっぱり私がおかしいんですか、そうですか。

 奥様はやっぱりクスクス笑ってるし。


「どこからそんな発想が出てくるのかしら。面白いのね。あなたの故郷の世界にはマナはないんでしょう?」


 そうだけど奥様が何で知って……当たり前ですね。常に私の心の声聞いてるんですね、はい。……って怖い笑顔で見ないで!

 それにしても穏やかだよな、今日の奥様。『何であなたばっかりが注目を集めるの? 気に食わないわ』って思ってるとばっかり考えてたけど、そうじゃないのかな?


「あなたが注目を集めるのは、久しぶりに現れた『ユニコーンの乙女』だからよ。わたくしだって、あなたが他家に現れたら一目見たいと押しかけたに違いないもの。だから最近しょっちゅう我が家に来る魔法使い達の気持ちはよく分かるのよ」


 そういうものなのか。


「……ただ、こんな形で見たくはなかったけれど」


 やっぱり複雑なんですね。


「……そうね」


 ですよねえ。


「だいたい、『わたくしが嫉妬のあまりあなたをとどめおいて酷い事をしている』という噂を流して魔法使い達には納得してもらっていたのに、あなたがそれを否定したから、『隠す別の理由がある』のかと勘ぐられてしまったのよ。だからこんな面倒なことになったのではないの」

「え? あの噂流したの奥様だったんですか!?」


 あのおばちゃん、奥様が流した嘘の噂に踊らされてただけだった?


「そうよ。そうでなかったら屋敷が魔法使いの訪問者でもっと溢れかえっていたでしょうね。あなたも興味本位でこっそり拐かされていたかも……」


 十分お客様多いと思ってたのに、あれで少ない方だったんだ。

 っていうか拐かされるってなんか物騒なんだけど。


「だから今日は是非とも見世物になってちょうだい」


 急に笑顔になって変なこと言わないでください。やっぱり見世物なんですね!


「自分でも思ってたでしょう?」

「でも人に言われたくはないんですよ!」


 私が叫ぶと奥様はまたクスクスと笑った。


「まあ、見世物になった後はいろいろあるでしょうけど、大丈夫ね?」

「い、いろいろ?」

「そうよ。いろいろ」


 いろいろって何があるの? 急に奥様の笑顔が怖くなって来たんだけど。黒い笑みじゃないのに。


 空気がどこか恐ろしいのは気のせい? やっぱり私、奥様に何かされるの? それとも私を見に来た魔法使いさんたちに? あ、グルで? いや、そんな事ないよね。


「それはその『いろいろ』の後に説明するわ」

「いや、そんな! 死んでたら聞けない!」


 そう言ってしまってから口を押さえる。


 やばい。これを言うつもりはなかった。奥様の前ではあれを聞いた事は暗黙の了解で触れない事になってたのに。

 血の気が引いていくのが自分でも分かる。


「モエ、落ち着きなさいな」


 奥様がどこか気遣う声でそう言った。いや、本当に気遣ってるのかな? 分からない。奥様が分からない。


「きちんと聞かせてあげるから……」


 そう言いかけて、奥様はパッと窓の外を見た。

 急に険しい顔になってる。


 何? 何か緊迫した空気?


「奥様、お気をつけを。うわぁっ!」


 その御者の叫び声とともに馬車がすごい勢いで揺れて停まった。

 ちょっと! 何が起こったの?

 戸惑ってると、馬車のドアがひとりでに開いて、霧っぽい何かが流れ込んできた。


「モエ、伏せなさい!」


 はい、という間もなく私の体はひとりでに伏せた。それで奥様が隷属を使ったんだって分かる。

 奥様も一緒に伏せてる。でも、何だか顔色が悪いんだけど。


 ま、まさかこれ毒ガス? じゃあ何で私は苦しくないの?


「奥様?」


 声をかけてから、念のために口を手でふさいで。あ、奥様の口もふさがなきゃ。

 だけど、私の手は奥様の手にやんわりと外された。


 一瞬目があう。何だか『耐えなさい』と言われているような気がした。


「……アレクサンデル様」


 それだけつぶやいて、奥様は馬車の床に倒れこんだ。


「お、奥様! 奥様!」


 慌てて自分の口からも手を離し、奥様を必死に揺さぶる。でも、奥様は目を開けてくれなかった。

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