第29話 当日の朝

「バルバルザーレ卿の屋敷に行く!?」


 当日のユニコーンの餌やりの時、私から今日の予定を聞いたカロルス様は素っ頓狂な声をあげた。


「うん。奥様と一緒に。魔法使いさん達が『ユニコーンの乙女』を見たいんだって」


 だからちょっとだけ見世物になってくる。そう言ったらカロルス様は私の両肩をガシッと掴んだ。

 痛い! 力強いんだから加減して!


「そんな危険な所に行っちゃ駄目だ!」

「奥様と一緒だから大丈夫だと思うけど……」


 いや、奥様が一緒にいた方が危険? そんな事はないはず。


「まあ確かにベアトリス義姉様がいれば安心だと思うけど。多分……。それにしても、お義姉様も拒否すればいいのに何を考えて……」


 カロルス様はまだブツブツ言ってる。ただ、その多分の意味は私とは違うと思う。そして、それに関しては奥様なら大丈夫だろうなーと思ってる。奥様強いし。

 それにしてもカロルス様が心配してくれるのは意外だと思う。


「カロルス様は、私が酷い目に遭った方がいいんじゃないですか? 私の事、嫌いなんですよね」

「お兄様に手を出さなければいいんだよ!」

「出しませんよ!」


 これ何人と何度やり取りしなきゃいけないの? まあ、それ前提で呼び出されたんだからしょうがないんだけど。今、満足そうにガツガツと美味しそうに肉を頬張っている馬に。


「野菜も食べてくださいね」

「わかってる!」


 とりあえず意地悪で声をかけてみる。嫌いなものは最後に残すタイプか。私だったら最初にさっさと食べちゃうけどなー。そういう所もこの馬とは気が合わない。


「信用できないな」

「そうですね、この馬は全然信用出来ませんね。人さらうし」

「そうじゃなくて!」


 ボケーと返事してたらカロルス様につっこまれた。

 あ、信用出来ないのは私が旦那様に手を出さない話か。

 そういえばそういう話をしてた。心は勝手に馬の事にシフトしてたけど、カロルス様はそうではなかったみたい。そりゃそっか。


「どうしてそんなに疑うんですか?」

「だってお兄様はお前に興味を持ってるじゃないか」

「はいぃ?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。そんな話初耳……あ、そういえば奥様が旦那様に『乙女の事で話し合いたい』って言われたんだっけ。


「ほら、なんか心当たりあるんだろう? 今、そういう顔した」

「そんな顔してないですよ」


 でも奥様の名誉のために言えない。泣いてるのを聞いたなんて屈辱だと思う。

 あそこには私はいなかった。

 いたことは、そしてそれを知られてる事は分かってる。でも、そういう事にしておいた方が私にも奥様にもいい。


「カロルス様はそう言う根拠があるんですか?」


 逆に尋ねたら頷かれた。あるの?


「だって、僕をここに連れてきたのお兄様だし」

「へ?」


 意味わかんない。


「どういう事ですか?」

「『乙女が来たから一度会ってみるといい。いい子みたいだよ』って、わざわざ離れまで言いに来たんだ。朝は厩でセーラスに食事をやってるから行ってこいって。ベアトリス義姉様に拒否られたから僕を味方につけようとしたんだって腹が立ってさ……」


 貴族様も『拒否られる』って言葉使うんだ。いや、そこじゃない。


 旦那様何考えてんだ。カロルス様を味方につけようとしたって? そりゃ文句も言いたくもなるわ。あの喧嘩腰はそういう事だったんだ。


 どうやらカロルス様によると、旦那様が『帰れない事情があるならこの世界で暮らす下地は作ってあげるべきだ』と言ったらしい。それは私を呼び出したユニコーンの主人である自分の義務だと。


 いや、私は帰りたいけど? 奥様の許可が下りないだけだけど? 下りたらすぐにでも帰るけど?

 帰れないと決めつけないでください、旦那様。馬は帰せるって言ってたんですよ!

 まさかあれは嘘だったとか? まさかまさか。

 思わずジト目で馬を見る。


「な、何だ? 食事はやらんぞ」

「馬の食べかけなんかいりません」

「だから私は馬ではないと何度言えば分かるんだ!」

「それはどうでもいいです! 私、帰れないんですか?」

「……帰りたいのか?」


 意外そうな目で見られる。


「帰りたくないと思ってたの!?」

「そりゃあなんか馴染んでるし。あとはご主人様と仲良く……だから目を据わらせてたてがみを掴むな。カロルス、助けて!」

「……モエがめちゃくちゃ嫌がってるじゃないか」


 カロルス様がドン引きしてる。


「初めてモエの事可哀想だと思った」


 しみじみ言わないでください。確かに私は可哀想……って自分で言いたくない。


「それで誤解したベアトリス義姉様にこき使われてるの?」

「誤解はしてますね。何度もそんな気はないって言ってるんですけど、どうして分かってくれないのか」

「お前も大変だな」


 だからしみじみ言わないでください!


「でもこき使われてはいないですよ。普通のメイドのお仕事ですよ」


 奥様の名誉のためにこの誤解だけは解いておく。


「それに奥様が一番の被害者だし」

「一番の被害者はモエだと思うよ」


 そう言われたのは初めてな気がする。思わずまじまじとカロルス様の顔を見てしまった。


「僕だってそういう判断くらいは出来るからね」


 心外だという顔で言われる。


「お前と違って脳内お花畑じゃないから」

「一言余計なの!」


 やっぱりカロルス様だった。そして脳内お花畑って言うな!


「まあ、故郷の世界に帰る以前に、今日は無事に帰って来いよ」

「ただ見世物になってくるだけだから普通に帰れるはずですよ」

「それでも帰って来いよ」


 念押しされた。私は、うん、と無言で頷いたのだった。

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