第27話 前の乙女
はぁ、とため息を吐く。
雲ひとつない、いい天気の朝なのに、私の気分はどんよりしている。
とりあえず昨日聞いた話をどうしたらいいのだろう。
なんだか深掘りしたらやばい気がする。でもずっと考え続けるのはきつい。
どれもこれも、全部あの馬のせいだよね。いや、全部人のせいにするのもどうかと思うけど、あれは少なくとも馬のせいだよね。
それにしても五十年乙女が現れていないという話は嘘だったんだろうか。それともメイドのみんなに知れ渡る前に奥様がこっそりと……。
いやいや、考えたら怖い!
と、と、とにかく仕事しなきゃ。馬に朝食を持っていかなきゃ。
「どうした、乙女? 顔色が悪いぞ」
「誰のせいだと思ってんの?」
「何もしてないぞ?」
そこではキョトン顔の馬が出迎えてくれた。本当に誰のせいだと?
「……もう食事はいりませんね」
「朝食を抜こうとするな! これもあの女の命令か?」
「私の意思です」
「なんでだ!?」
苛立ったせいで私刑をやりそうになった。いや、こいつ今日は何もしてないし、やつあたりは駄目だな。
大人しくポップコーン馬の前にバケツを置く。すぐに機嫌のいい咀嚼音が聞こえて来た。
馬が美味しそうに食事をするのをぼうっと見る。
「セーラス様」
静かに問いかける。馬がぎょっとしたような顔になった。
「ど、どうした? いつもは喧嘩腰なのに何かあったか? 変なものでも食べたか?」
私、喧嘩腰がデフォだったっけ? ああ、うん。そうだね。だってむかつくユニコーンなんですもの。
「私の前にも乙女を呼んだ事あるんですか?」
「え?」
またきょとんとした。
これはもしかしてあの人のデマだった? だったらいいけど。
「……ああ〜、あれは……呼んだと言えるのか……」
「呼んだの!?」
だとしたら大問題だ。私にとって。
「……あれは失敗だったから、乙女にカウントしていいものかどうか……」
それはどういう事だろう? ブスでも来たの? ずいぶん失礼じゃない? いや、こんな想像をしている私の方が失礼かも。
っていうか、そういう意味では私も全然可愛くない気が。
「もしかして私も失敗?」
「お前は成功だな」
その差は何? よく分からない。
「さすがにあれではご主人様とは契れないからな。とはいえ、あの女の対応は許せないが」
殺したんだっけ。あのお客様は『屠った』って言ってたけど。
まるで動物みたいな言い方だな。屠殺とか言うし。それだけ残酷な殺し方だったのかな。
あ、でも人間も動物か。
「それがどうかしたのか?」
「……何でもない。いたって聞いたから確認しただけ」
これ以上は言えない。馬は『そうか』とだけ答えた。
そのあとはまたぼんやりと馬が食事をするのを見る。
厩の扉が開いてカロルス様が入ってきた。『おはよう、モエ』なんて普通の挨拶をされる。
「ここに喧嘩腰で来ないの初めてですね」
「……一言目がそれか? 元気だな、お前」
ぼんやりとしていたせいで、つい本音が出てしまった。カロルス様は苦笑いをしている。
「ベアトリス義姉様と話したよ。何も問題はなかったから安心して。噂話もお義姉様が対処するって。モエには落ち着いたら話すって言ってたよ」
前置きなしで結論から話してくれた。よかった。きっと私が不安になっているのを察してそうしてくれたんだろう。
カロルス様もいいところあるんだ。
……じゃあ何でカタリナに厳しいの? 相性悪いの?
「今日も美味かった」
私たちが話している間に馬は食べ終わったようで満足そうな顔をしている。
いい食材もんね。そりゃ美味しいよね。
「久しぶりの牛肉だったな」
「よかったな、セーラス」
嬉しそうに言う馬にカロルス様が優しい子で話しかけて鼻の頭を撫でている。
奥様、牛肉まで解禁したのか。こんな馬にいいの?
というか、前におぼっちゃまが言った通り、馬は草食のイメージがあるから、お肉を喜んで食べるのに違和感しか感じない。
「……明日は鶏肉だったりしないよな」
それは私も知らないけど。複雑そうな顔してる? 鶏肉嫌なのかな? いや、でも、鶏肉デーもあったよね。今まで。
「食べたくないんですか?」
「いや、別にいいが。ただ、そんな気がした」
よく分かんない事言い出した。何なの? この馬。
何故かそれを聞いてカロルス様が噴き出す。『きっとそうなんだろうな』と言っているけど、意味が分からない。
食べ物の事ばっかり考えられるなんて、幸せ者なんだな。だったら幸せな家庭を壊そうとすんなよ。
「何だ? 怖い視線を感じたが」
「いいえ、何も」
それだけを吐き捨てて、私はさっさとバケツを下げる事にした。だけど、その場からバケツがなくなっている。
おまけにそれはカロルス様の手にあった。
「あの、返してくださ……」
「まだ顔色悪いぞ。僕は今日はまだ仕事に行くまで多少時間があるから僕が運ぶよ」
そう言ってさっさとバケツを持っていってしまう。
「いや、返して!」
結局私はバケツを持って歩くカロルス様の後をちょこちょこついていくことになってしまったのだった。
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