第25話 毛染め
「モエ、あなた、地毛は黒なの?」
次の日、いつもの朝のご挨拶に伺うと、不意に奥様がそう尋ねてきた。
うん。まあ、そうだね。今は茶髪にしてるけど、それがどうかしたのかな。
「地毛が結構見えてるわよ」
私のつむじを指差して奥様はそう言う。
もうプリンが目立ってるのか。ここに連れてこられた直前くらいに美容院に行ったのに。
つまり、それだけ月日が経ったってことか。なんだか複雑な気分だな。
「結構目立つわよ、それ」
だよねえ。
ま、でも私はお客様が来る時は隠されてるし、問題ないのでは?
そう思ったら奥様が深い深いため息を吐いた。
「……それは女の子としてどうなの?」
うっ。それは……。そう言われると何も反論出来ない。
心底呆れた目で見られる。そんな目で見られても困る!
でもこの世界の美容院なんて知らないし、毛染めやってくれる外商さんなんていないでしょ。だいたい外出できないんだし。奥様、外出許可くれるんですか? それとも美容師さんでも連れてきてくれるんですか? ないでしょ。
それか誰かが髪染めを持ってきてくれるとか。そんなワケないよなぁ。
「作りましょうか?」
「はい?」
突然の言葉にびっくりして聞き返した私に奥様はにっこりと笑った。
「だからわたくしが毛染めの薬を作ってあげましょうか、と言っているのよ」
え? 奥様、毛染め薬なんて作れるの!?
「当たり前でしょう。わたくしを誰だと思っているの?」
奥様です。
「そこは『大魔法使いベアトリス・エインピオ様です』と言うの」
……いやいや、自分で言う? それ。
そう思ったら奥様が吹き出した。自分で言っといて……。
「でも本当に作ってくださるんですか?」
「ええ。銅貨十枚でどう?」
有料だった。そりゃそうだ。
でも銅貨十枚という事は大体千円強くらいだ。『大魔法使い様』が作るものにしては安すぎない? あ、従業員価格? メイドも従業員でいいんだろうか。
でもこれはありがたい。
「分かったわ。少しだけ待っていてね」
そう言って立ち上がる奥様。え? もう作るの?
「当たり前でしょう。みっともない。わたくしのメイドが身なりも整えないなんてありえないわ」
そういうものか? でも、私がもさっとしてた方が奥様には安心なのでは?
「それは……。そうかもしれないけど、やっぱり駄目ね」
一瞬考えた!?
奥様はその言葉には反応せず、待っててね、とだけ言って奥に引っ込んでいった。そして十分もかからずに戻ってくる。
「出来たわよ」
はやいっ!
手に小さな瓶を持っているところを見ると、これが毛染めなのだろう。
でも、それにしては大きさ的に一滴くらいしか入ってない気が?
そう思ってたら奥様が予告なしに私のつむじに向かって瓶の中身をあけた。
とっさに逃げられなかったのは動けなくされたからかな? それとも私がポンコツだから?
そして『これでいいわ』と鏡を差し出される。 すごい! しっかり染まってる。ピリピリする刺激もなさそう。というか地毛と変わらない感じ。
魔法すごい! ……魔法だよね?
「ええ、マナのある植物を使っているし、わたくしのマナもこもってるし、魔法ね」
やっぱり魔法すごかった。
「ありがとうございます、奥様」
「代金は給料から引いておくわね」
「はい」
それは当たり前だと思う。
「効果が切れたらまた作るわね」
また作ってくれるの? 親切すぎない? この人本当に奥様?
「失礼ね。他にこんな素晴らしい魔法の使い手がいて?」
自慢ですか。そうですか。やっぱり奥様だ。
「でもいいの? もらえるお金が減るのよ」
「いや、こんなに安くすごい毛染めが代わりに手に入るんならいいと思います」
「……そう。嫌がらないのね。値上げしようかしら」
「奥様!?」
つい声をあげる私に奥様がクスクスと笑う。完全にからかわれてる。
「引き止めちゃったわね。セーラスに食事をやっていらっしゃい。きっと、今頃空腹を抱えて待っているだろうから」
「お腹減らしとけばいいんじゃないでしょうか、あのユニコーンは」
思わず悪態が出る。奥様はまたころころと笑った。あのポップコーンをよく思ってないのは私と奥様の共通認識だ。
「でも食事が遅れるとアレックス様の出勤に関わってきてしまうのよね」
遅刻させとけばいいんじゃないでしょうか、あんな人……って事はないですよね。はい。
奥様は大好きな大好きな旦那様が遅刻するなんて嫌ですよね。
「分かっているなら急ぎなさい!」
「はーい」
もう一度奥様にお礼を言ってから私は仕事を始めるために部屋を出た。
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