第24話 涙

 その日の仕事が終わって自室に戻ろうと思った時、奥様のため息が聞こえた。

 仕事終わりました、の挨拶がしたいけど、そんな雰囲気じゃなさそう。ちょっと待ってようと決める。


「奥様? どうなさいました?」

「……わたくし、アレックス様に嫌われているのかしら」


 思いがけない言葉にこっそり盗み聞きしてた私はきょとんとする。いや、盗み聞きしたいワケじゃないけど聞こえてくるんだもん。


 さっき、ものすごくウキウキして出迎える準備をして、お子様達も一緒に仲良く夕飯を食べたんだよね。お掃除メイドでも、一応は奥様付きとしてスケジュールは把握してるから知ってる。

 で、戻ってきた途端にこれだ。一体どうしたんだろう。何かあったかな? 喧嘩でもした?


「旦那様と何があったのですか?」


 ロザリンダさんが突っ込んで尋ねている。でないと分からないもんね。


「何もないわ。でも、最近少し、態度がそっけない気がして」


 気のせいではないでしょうか。この前、泊まりの社交から帰って来た時にも幸せそうに奥様の腰抱いてたじゃん。


「それに……」

「それに?」

「乙女の話ばかりしようとするの」


 へ? 私!? 何で? 会ってないのに!?


 つい叫びだしたくなって堪える。


「乙女って、モエの話をですか?」

「ええ。何度もモエについて話し合いたいっていうの。あの子がここにいる以上、彼女についてしっかり話し合うべきだろうと。そんな話はしたくないと言ったのだけれど、どうしてだ、って怒られてしまうの。大事な話をしようとしているんだよ、って」


 ちょっと待って。私の全く知らない間にどうしてそんな事になってるの? 意味わかんない!


「あの人、モエに一目惚れでもしたのではないかしら」


 ええ——!?


 初対面でそんな素振りあった? 最初に会った時なんて、私を没落貴族扱いした失礼な旦那様っていう印象しかなかったのに!


「モエにはきつく言っておきましょう」

「モエに言ってもどうしようもないわ。アレックス様の気持ちだもの」


 奥様の声が震えている。


「奥様……」


 ロザリンダさんが労わるような声をかけている。次の瞬間、ヒック、としゃくりあげる声が聞こえた。


「きょ、今日、咎められたわ。モエに厳しくしているのは何か理由があるからだろうって。覚悟を決めたからどんな事でも受け入れるよって言われたわ。でも……こんな醜い嫉妬なんか言えるわけないじゃない! わたくしは……わたくしはアレックス様のお側にいたいだけなのに……」

「お、落ち着いてください、奥様。も、もしかしたらそんなに悪い話ではなかったり……」

「これで悪い話ではなかったなんて事がある? 気休めはよして頂戴!」

「あ、あの……その……」


 怒った奥様にロザリンダさんは困ったような声を出す。

 気まずい。


「ひょっとして、旦那様は異界の若くて可愛い女の子とお付き合いがしたいのかもしれないわ」


 ああ、奥様がどんどん後ろ向きになってる。そして私は別に可愛い女の子じゃないし、旦那様とお付き合いする気もない。


「そんな事は!」

「ユニコーンの乙女召喚はその主人の希望に沿うって文献に書いてあったもの。その主人が願った相手の伴侶候補が来るって。最初はセーラスの暴走だと思っていたから気にしなかったわ。でも、もしかしたらアレックス様がこっそりと新しい伴侶を願ったのかもしれないわね」


 ……怒っていい案件ですかね。これ。旦那様が雇い主じゃなかったらひっぱたきたいんですけど。

 ユニコーンの事といい、あの人どうしようもない気がするんだけど。最低だとしか思えない。

 奥さん責めて泣かせて! こんなに苦しめて!

 私はごめんだわ、あんな奴。

 それでも奥様は旦那様の事大好きなんだよね。魅力がさっぱり分からないけど。

 もし、あの人がセクハラな事したらぶっ飛ばしてやる!

 うう。許すまじ!


 どれくらい怒りを燃やしてただろう。はっと気づいたときには奥様の涙声は落ち着いていた。


 ど、どうしよう。今、出たら盗み聞きしたのバレちゃう? いや、多分、心を読まれてるだろうからもうバレてる?


「それにしても、モエは遅いわね。お掃除そんなにかかっているのかしら」

「え? そんなはずは……」


 こ、これはバレてないやつ、かな?

 奥様だって、四六時中聞いてるわけでもないだろうし。……ないよね?


 と、とりあえず、今、終わりましたーって顔しとこう。誰も信じないだろうけど。


 ドキドキしながら私は足を踏み出し挨拶に向かった。

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