第21話 予想外の話
今日の仕事を終わらせてから急いで奥様の部屋に向かう。
なんかドキドキする。私の発言次第で友達の運命が決まると思うと誰だって緊張すると思うけど。
なのに、奥様の部屋の近くに来た私が見たのは、まさに退室しようとしているカロルス様だった。
しまった! 先越された! 出遅れた!
カロルス様は、わなわなと震えてる私を一瞥してさっさと去っていった。まあ、お貴族様としては普通だけど。メイドなんてどうでもいい存在みたいな態度はどうなんだろう。
ああ、終わった。カタリナ、ごめんね。カタリナが左遷されたらどうしよう。
メイドの左遷ってどこ行くの? 何させられるの? すっごい嫌な所の掃除とか? とにかくきつい仕事をさせられる事は決定だよね。本当にごめんね、カタリナ。
「モエ、そこにいるんでしょう? 入っていらっしゃい」
扉の向こうから奥様の声がする。そりゃいるのバレてるよね。と、いうわけでおとなしく入室した。
「あの……」
なんて言ったらいいんだろう。
「改めて、おかえりなさいませ、奥様。ご無事のご到着安心いたしました」
こ、これが私の精一杯。丁寧にして悪い事もないはず。あ、そうだ。聞かれてるんだ。ああああ。
「落ち着きなさい、モエ」
奥様は呆れた顔をして笑ってる。
「そうそう。さっき、カロルス君があなたの事を褒めていたわよ。とても優秀なメイドだねって。よかったわねえ」
「はい!?」
いきなり何? っていうかこの人本当に奥様? なんかいつもと違って穏やかに笑っているけど。いつものイジワルスマイルは?
もしかして何かに取り憑かれたとか、操られてるとか?
「取り憑かれるって何に? 害獣に? モエはわたくしが獣の魔法如きに遅れを取るとでも思っているの?」
「いえ、そんな事は思ってませんけど。他の強い魔法使いさんとかに操られ……」
「それもないわ」
冷たく不敵な笑みだ。これは本当に通常運転の奥様。安心した。
「変な所で安心しないでちょうだい」
苦笑いされた。
それにしても自信満々だな。国一番とか言われてたもんね。もしかして世界一だったり?
「そこまでは行ってないわね。国一番というのは十年近く前くらいから言われていたからもう認めているけど」
え!? 十年近く前って事はその頃、奥様十代では? すごすぎない?
本当なのかな、と思ったら奥様が九年前の新聞記事を見せてくれる。その頃奥様は十七歳だったそうだ。今の私より一歳若い。すごい!
数字はある程度分かるけど、まだ読み書きのおぼつかない私に奥様が読み聞かせてくれた。『魔法界に現れた天才』とか、賞賛している部分は声が小さくなってる。認めているとは言っても恥ずかしいんだって事が分かる。
自慢しまくってるわけじゃないんだ。
「そんなわけないでしょう? そこまで偉ぶっているわけではないわ。そうやって力に溺れたらすぐに追い越されるもの」
そういうもんなんだー。
「『そういうもん』よ。それより、声を出しなさい。その為にわたくしはあなたの心を読んでいるわけではないの」
「……はい」
そりゃそっか。
あ、話戻した方がいいかな。
「それにしても、カロルス様が褒めていたって、さっきそういうお話をしていたんですか?」
「ええ、そうよ」
そんなこと言われても信じられないんですけど……。
「そういえば今朝少し揉めたんですって? モエに悪い事したってあの子も反省しているのよ。今回の褒め言葉はその罪滅ぼしもあるみたいね」
本当か? 今朝の今で? っていうかさっき一瞥だけして去って行ったけど。あれ、本当に反省してるの?
「ええ。とても。自分で言うのは気まずいみたいだけど、とても落ち込んでいたわ。わたくしからも謝っておくわ。義弟が失礼な事を言ってごめんなさいね」
「え、いや、あの……?」
思いがけない言葉すぎて戸惑うしかない。
「それでね、モエ。突然だけど、あなたをわたくしの私室専用のお掃除メイドにしようと思うのよ」
「え!?」
何を言い出すんだ、奥様。トチ狂っ……ってません! 睨まないで!
「失礼な子ね。まあ、わたくしの本音としては、あなたをあまり自由に動かしたくないのよ。いつアレックス様に会うか分からないし。だから側で監視する事にしたのよ。運良くカロルス君の推薦もあった事だしね」
「私、初日に奥様と一緒に会ったのと、今日のお出迎え以外に旦那様を見てもいませんけど?」
そう。今日は久しぶりに旦那様に会った。玄関でみんな揃って旦那様達のお出迎えをしたから。会ったというよりやっぱり見たって方が正しいと思う。
「それに興味もないですし」
「わたくしのアレックス様に……いいえ、なんでもないわ」
奥様が話の途中で口をつぐんだ。この間アドリアーネ様にからかわれたのを思い出したのかな?
「『アレクサンデル様大好き人間』でしたっけ」
「しみじみとそんな事を言わないでちょうだい!」
奥様顔真っ赤だ。そうしてるとなんか可愛い。
「とにかくこれからはわたくしの部屋のお掃除をなさい。日が浅いから専属には出来ないけど」
「見習いみたいな感じですか?」
「少し違うけど、そんな感じだと思えばいいわ」
なるほど。拒否権はないんだろうし、光栄な事なんだろうな。
今まではベテランのお掃除メイドさん達が持ち回りでやってた仕事をこれからは私がやることになった。そんなに部屋数も多くないし、お掃除に時間もかからないらしい。
いいの? ある意味出世では? まあ、奥様に見張られてるだけだけど。
それにしてもカタリナのカの字も出ないのが不思議すぎるんだけど。
「カタリナ? カタリナがどうかしたの?」
げ! やば!
「い、いいえ! 何でもありません!」
「そう。では明日からよろしくね」
何だかよくわからないけど、よかったのかな。
ってポップコーンの嫌な予感の話忘れてた。
「何の話?」
奥様が興味を示したので、軽く話すと苦笑された。
「嫌な予感だけではよく分からないわね。事情知ってるというのなら、アレックス様とも話し合っておくわ」
それだけ言って話は終わった。
これで大丈夫だよね。
明日からも頑張ろう。そう思いながら退室して自室に戻る。
あー。それにしてもカタリナの事じゃなくてよかった。奥様の言う通りあれからカロルス様も思い直してくれたのかな。悪い事したって。
それであえて私を褒めに来てくれたって……。
……えー。でも、そんな事ある?
それ信じる方が『脳内お花畑』じゃない?
で、安心してる間にカタリナが左遷とか、そんな事になったら嫌だな。
お仕事をしながら知れる限りカタリナの様子もしっかり確認しておきたいな。そう思いながら私はため息を吐いたのだった。
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