第20話 嫌な予感

 カロルス様を見送ってからため息を吐く。朝からめっちゃ疲れた。


「乙女、飯はまだか。腹が減ったんだが」


 厩の中から馬の声がする。なんかそのノーテンキな声苛立つんですけど。


「はい! どーぞ!」


 なので、ぞんざいにバケツをポップコーン馬の前に置く。


「さっいっこーのちょうしょくタイム!」


 こいつはノーテンキでいいな。ポップコーン呼ばわりされてるからといって毎回ぽんぽん声跳ねなくていいと思うんだけど。


「きちんと肉は入ってるな」


 バケツの中を確認して満足そうに頷く。


「でも、ステーキも食べたいなー、乙女ー」

「奥様の決定ですので」


 バッサリと切ってやった。当たり前ですよね。わがままなんだもん。奥様、まだ野菜だけでよかったのでは?


「さあ、召し上がれ」

「あの女の真似はしなくていい! 食べるから!」


 私の同意が得られないので、諦めたポップコーンは朝食を食べ始めた。


 それにしても確かにさっきのセリフはこいつに最初に食事をあげた日に奥様が言ってた気がする。でも言い方は似てないはず。あの気迫は私には出ない。出たら威圧になるのに。残念。


「ところで、さっきカロルスの声がしたが、何かあったのか?」


 普通その話題持ってくる? 黙って食べてろよ。それで苛立ってるって分かるだろうに。あ、そういえばこいつは空気の読めないユニコーンだった。


「ケンカしました」

「そんなのはいつもの事だろう。どうしてここで話さなかったんだ?」

「入り口で待ち伏せしていましたので」

「それにしてもそんなに苛立って動作までぞんざいになるのはよくないぞ。乙女というのはもっと優雅に……」

「あ?」

「優雅にしなければならないのだ!」


 言い切ったよ、こいつ。私のドスのきいた声は効かなかったようです。チッ。


「では私は乙女じゃないんですね」

「いいや、お前は乙女だ。だから乙女らしく私のご主人様と……って、据わった目などしてたてがみを掴むんじゃない!」

「掴まれたくなかったら静かに食事をしてくださいね」


 笑顔を浮かべたつもりだけど浮かんでないと思う。だってムカついてるし。


「まあ、あまり揉めるなよ。カロルスだって色々考えているのだろう?」

「ケンカの原因も知らないくせに偉そうに」

「まあ、そうだが……」


 それだけ言って考え込んでいる。


「私もなんか嫌な予感を感じているから、近々エインピオ家で何か起こるのではないか? それで苛立ってお前に八つ当たりをしたとか」


 八つ当たりには見えなかったけどな。

 そうだとしても苛立って八つ当たりで女の子泣かすって最低だと思うけど。


 それより、何かあるってどういう事だろう。ものすごく気になる。カロルス様とかいう女の敵の話題よりそっちの方が気になる。


「何かって? 何があるの?」

「分からん」


 曖昧だなー。それでも幻獣か? いや、こいつの効能知らないけど。嫌な予感を感じるというんだからそういう系じゃないの?


「その嫌な予感の事は旦那様には言ったの?」

「当たり前だろう。大切な事だ」


 そっか。それならよかった。ほっと息を吐く。報告が入ってるなら旦那様か奥様がなんとかするよね。


「あっ、そうだ。乙女からもご主人様に伝えたらどうだ? それで仲良く……いちいち睨むな」

「変な事を言い出すからでしょうが。黙ってごはんを食べなさい!」

「……口が悪いぞ」


 もう会話したくないと思って隅に行く。


「それで、ご主人様とは仲良くしているのか?」


 ぜんっぜん懲りてないですね、こいつ。


「一回しか会ってませんけど」

「どうしてだ?」

「旦那様にも私にも仕事があります。時間が合いません。それ以前に会う気もありません。ああ、奥様とは毎朝会っていますよ」

「あの女!」


 馬が不機嫌そうに唸る。


 いや、奥様のせいじゃないと思う。もしかしたらしっかり旦那様と私が会わないように仕事のスケジュールを調整されてるのかもしれないけど。

 私は旦那様には会わない方がいい気がする。奥様が不機嫌になるだろうし。あの人あんまり怒らせたくないし。


 馬が食事に戻ったので、私も安心してそれを眺める。こいつは静かにしていた方がいい。


 それにしても『嫌な予感』か。それは奥様も感じてるのかな。


「奥様達、ちゃんと帰ってくるといいけど……」

「そういう嫌な予感ではない。その予感は乙女関係だから帰ってくるはずだ」


 私かよ!


 いや、私乙女ってガラじゃないし。乙女ってガラじゃないし! 乙女ってガラじゃないし!!!


 と、何度も言って現実逃避してみる。


——お前は、自分が『異界の人間』という珍しい存在だって自覚をしておいた方がいいと思うよ。


 ふと、さっきのカロルス様の言葉を思い出した。

 私は普通の人間だけど、異界から来たから何かあるって思っている人もいるって事だよね。いや、カロルス様が本当の事を言っているかどうかも分からないけど。


 私が何かに巻き込まれるとか絶対に嫌だ。


 やっぱり奥様と今夜きちんと話した方がいいかな。旦那様とわざわざ話す気はないけど、こういう話がありましたよって奥様には伝えてもいいと思う。いや、伝える義務があると思う。私、この家のメイドだし。

 なんにせよ、会えばあの人相手なら無言でも報告になるし。


 って、だんだん奥様に心を読まれるのが普通になってしまってる気がする。


 慣れって怖いものだなー。

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