第19話 ケンカ!

 次の日、ポップコーン馬に食事を持っていくと、厩の前でカロルス様が待ち伏せをしていた。


 何しに来たんだろう。きっと、昨日の事で弁明しに私を待ってたんだろうけど、冷たい目で見る事しか出来ない。


 言い訳くらいは聞いて、それも含めて明日の朝、奥様に心の中でチクるかぁ。奥様、今晩帰ってくるし。

 ただ、義弟に関しての事だから。『わたくしの義弟に何か文句あるの?』って言われる可能性はあるけど。


 カタリナからは、私に対する態度を改めて欲しいと頼んで突っぱねられたって聞いた。おまけに暴言を吐かれて、つい泣いてしまったと。

 私のせいでごめんね、と謝ったら『モエのせいじゃないよ。私の言い方が悪かったの』と強がりを込めた笑顔が返ってきた。


 あんないい人を泣かすなんて!


「何か用ですか?」


 そんな事を思い出していたせいで、つい、冷たい声が出てしまったけど、よかったよね? 逆に奥様にチクられたらどうしよう。

 でも、予想に反してカロルス様は怒ったりしなかった。


「昨日の事で話があって待ってたんだよ」

「ああ、カロルス様がカタリナを泣かせた件ですか?」

「ち、違っ! あれはいきなり泣いて……。た、確かに泣いたけども、そういうのでなくて……」


 ズバッと言ってやると見苦しい言い訳が返ってきた。男としてその言い訳はどうなの?

 静かにジト目で睨む。


「泣いたのは真実ですよね。今、認めましたよね?」

「そうだけども……あれは嘘泣きだから」


 おまけに酷い事を言い出した。


「はぁ? なにそれ!? 必死にひねり出した言い訳がそれ?」


 つい敬語がぶっ飛んじゃったけど、こんな女の敵に払う敬意なんかない。


「い、言い訳じゃない!」


 あわあわするカロルス様。どっからどう見ても言い訳にしか聞こえない。


「うわぁ……」


 あ、ドン引きしすぎてつい軽蔑の声が出ちゃった。ま、いいよね。


「でも、本当にあれは嘘泣きなんだ。モエもあんまりあの女と仲良くするのは良くないと思う」


 そしてカタリナの友達を遠ざけようとしている。やっぱり最悪すぎる。


「何でそんな酷いこと言うんですか? 女の子を泣かせた上にその子から友達奪うって最低の行為ですよ」

「だから誤解なんだって。あれは確かに嘘泣きだったんだ。何の前触れもなくいきなり泣き始めたんだよ」

「そうやってカタリナを悪者にしようとするんですね」


 どんどん腹立ってくる。


 カロルス様は私には酷い態度だけど、本当は兄思いの優しい人なんだと思ってた。でも、実際は女の子を泣かす最低の男だった、それも本人は気づいているのか分からないけど、自分に憧れてくれてる女の子を!


 静かに睨む。カロルス様は困ったように一つため息を吐いた。なんか『困った子だなぁ』みたいな態度腹立つ!

 困った人なのはあなただから!


「なあ、モエ。昨日の事はカタリナからどう聞いてるんだ?」


 どうやら話はきちんと聞いてくれるらしい。


「あのね。こうやってカロルス様が毎朝私に絡みにくるでしょ。それで、私達が仲良くないのを心配してるみたいなの……ってもう知ってるよね?」


 そう言ったら、カロルス様は一瞬、ぽかんとした後で、厳しい表情になった。


「つまり、お前への僕の態度の事でもめたって言われたのか? で、お前はそれを信じてる、と?」

「当たり前でしょ。私に対する態度を改めて欲しいって言って暴言を吐かれたって言ってた」

「確かにお前はお兄様の相手として全くもってふさわしくないけど、本当にカタリナや他の人達がそういう事を言ってきたんだったらきちんと話は聞くよ。暴言なんて吐かない」

「でも実際……」

「僕はそんな話は一言も聞いていない」


 はっきりと言われた。


「じゃあ何でカタリナは泣いたんですか?」

「だから嘘泣きだって言ってるだろう。あいつ巧妙にお前を騙したみたいだな」

「あんなに苦しそうだったのが嘘泣きだって言うんですか?」

「そうだよ。お前みたいな単純な人間は簡単に同情するだろうから」


 冷たい目をして酷い事を言う。誰が単純だと言うんだろう。腹が立ってくる。


「カタリナが私を騙すなんてそんな事あるわけないじゃないですか。私達友達なんですよ!」

「だから友達のふりだろう。珍しい『ユニコーンの乙女』に近づきたかったんだよ」

「そうやって自分が泣かせた女の子を貶めるんですね」


 きつい目でカロルス様を睨みつける。そうして睨み合った。


「もういい」


 そして先に目をそらしたのはカロルス様だった。話なんかしてられないというようにため息まで吐いてる。


「今夜、ベアトリス義姉様に相談するよ。お義姉様ならお前みたいな脳内お花畑じゃないからきちんと分かってくれるだろうからな」


 いきなり吐かれた暴言にぽかんとする。


「だ、誰が脳内お花畑ですか!」

「お前だよ」


 即答される。


「お友達をかばいたい気持ちは分かるけど、あんまりあの女を信じすぎない方がいい。それは忠告しておく」


 また酷いこと言ってる。


「お前は、自分が『異界の人間』という珍しい存在だって自覚をしておいた方がいいと思うよ。それに興味を持っている人がたくさんいるということも」


 それだけ吐き捨てて歩き出す。

 私が呆然としている間にカロルス様はもう視界から見えなくなっていた。


 本当に何なのあの人! 人を珍獣扱いした!? 失礼すぎない?

 異世界の人間って言ったって、私、普通の人間なのに!


 でもなんかとんでもない事になった気がする。

 奥様ならこれ幸いと私をカタリナから遠ざけるかも。


 いいようのない不安が私の胸を襲っていく。


 明日なんて言っていられない。今夜、私も奥様にお帰りなさいのご挨拶がてらお部屋を訪ねてみたほうがいいのかもしれない。奥様が会ってくれるかは分からないけど。

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