第17話 奥様の親友

 今日もお客様が来てる。

 でも珍しく私は奥に行けとか言われてない。安心安全な人なんだろうか。


 そんな事を思いながらいつも通り掃除をしていると、何故かメイド長がやって来た。


「モエ、奥様がお呼びよ」

「え?」

「アドリアーネ様があなたを見たいんですって。早く来なさい」


 まだ態度が冷たい。そりゃそうだよね。私は奥様に害をなすかも知れない人物だもんね。濡れ衣だけど。


 っていうかアドリアーネ様って誰? 私に何の用なの?


 とりあえずついていく。


「それでね、エステッラったらワガママが通らないからってセーラスを罰するって叩いていたのよ。もちろん注意しておいたけど。このままワガママが加速したらどうしましょう」

「ああ〜、子供同士の交流の時とかに、十歳か十一歳くらいの子達にいろいろ教わるんでしょうね」

「困ったわ。セーラスが悪い事をした時だって、お仕置きは子供達の見ていない所でやるようにしているというのに……」


 扉の向こうから親しそうな声が聞こえて来る。奥様の声のトーンもなんだかリラックスして聞こえる。しかも聞こえる話題は悩み相談だ。


 メイド長さんがノックをすると、どうぞ、と帰ってきた。


 私が入った途端にお客様の視線がこっちを向いた。


「ベアトリス、この子が?」

「そう。ユニコーンの乙女よ。名はモエ」


 乙女とかいう柄じゃないんだけど、勝手にあのポップコーンが言ってるだけなんだけど。


「いまだにあるのね、こういう風習」

「廃れかけていたんだけれどね。セーラスは古き良き風習を大切にするユニコーンみたいね。モエ、わたくしの友人のアドリアーネよ。ご挨拶なさい」


 お友達。なるほど。そりゃ和やかだよね。


「モエです。初めまして」


 奥様のお友達にケンカを売る気はないから素直に挨拶する。


「よろしく。滅多に会えないユニコーンの乙女に会えて嬉しいわ」


 穏やかそうな顔で挨拶してくれるけど、内心はどう思ってるんだろう。


「何をしているの、モエ。座りなさい」

「え!? 座る!?」


 つい素っ頓狂な声あげちゃったけど、私間違ってないよね。だって私メイドだし。普通はこんな所に座っていいわけないし。


「いいのよ。アドリアーネがあなたと話したいと言っているのだから」

「あ、はい……」


 逆らえないよね。嫌だって言っても『座ってね』の一言で座らされちゃうだろうし。隷属状態だもんね。

 なので素直に座る。そして私の前にもお茶がやってきた。これ飲んでもいいやつかな、とちょっと考えたけど、奥様が『どうぞ』というのでいただく。でも、ご機嫌損ねたりしないかな? 大丈夫かな? あ、美味しい。


「なんかこの子、少しあなたに怯えてない? 脅したりしているの?」

「いやあねえ、脅してなんかいないわよ。そうよね? モエ」


 にっこりと笑ってるけど、それは脅しでは?


 アドリアーネ様もそう思ったようで、苦笑している。


「あなたがアレクサンデル様にベタ惚れなのはよく知っているから気持ちは分かるけどね」

「べ、ベタ惚れだなんて。わたくしは……」


 奥様がアドリアーネ様の言葉に真っ赤になってわたわたしている。


 なるほど、ベタ惚れ。最初に私が来た日、奥様は旦那様を少女漫画のヒロインみたいな目で見てたもんねー。あれはすごく分かりやすかった。間違いなく『ベタ惚れ』だわ。

 なんか視線が痛いけど、私間違ってない気がするんだよね。


「ベアトリス、モエは話を聞いているだけよ。何を睨んでるの」

「睨んでなんかいないわ。モエが不満そうな顔しているから」

「微笑ましそうな顔しかしてなかったわよ。どこを見ているの? 嫉妬という色眼鏡で見すぎじゃないの?」


 アドリアーネ様がつっこんでくれた。助かります。


「助かります、じゃないわよ!」


 奥様が私の心の声に反応した。直後にそれに気づいてハッと口を押さえている。


「ベアトリス、何言っているの?」


 アドリアーネ様が不思議そうな顔をする。そりゃそうだ。だって変な反応だもん。

 奥様はため息を吐いてアドリアーネ様に私の状況を詳しく説明した。


「隷属の魔法!? そこまでするの!? そんなに心配ならすぐに元の世界に帰してしまえばよかったのではなくて?」

「メイド長が大騒ぎしてしまったんですもの。そうでなかったら早急に帰せたんだけどね」


 だから何でメイド長さんのせいにするの!? さすがにメイド長さんが可哀想になって来たよ。確かに態度はきついけど、別に悪い人じゃないと思うのに。


「モエは黙っていらっしゃい」


 ……黙ってましたよ? ほら、口開いてません。


「口開いてない、とかそういう事ではないの。得意げな顔して開いてない口を強調するのはやめなさい」


 別にそんなに強調したつもりはないんだけど。


「……あなた達って仲がいいの? 悪いの? 何なの?」


 アドリアーネ様が苦笑いをしている。この人にはそんな風に見えるのかな。


「仲良いわけないでしょう。恋敵候補なのだから」

「いや、そんな気ないって何度言えばいいんですか!? あのう……セーラス様が勝手に言ってて迷惑してるんです!」

「セーラスには困ったものだけど、アレックス様とあなたが引かれ合わないという保証はないでしょう」

「旦那様全然タイプじゃないですし」

「まあ! わたくしのアレックス様のどこが悪いというの? アレックス様はいつでも完璧なのよ!」

「……ベアトリス、ちょっと論点ずれてるわよ」


 前にもしたようなやり取りをしてたらアドリアーネ様がまたつっこんでくれた。なんか本当にすみません。


「ごめんねー、モエ。ベアトリスはアレクサンデル様の事になると冷静ではいられないのよ」

「ちょっとアドリアーネ!?」

「本当の事でしょう。だって実際、あなたさっきから全然冷静じゃないもの。第一等貴族夫人の威厳はどこに行ったのよ」


 アドリアーネ様の指摘に、奥様はプイッとそっぽを向いた。……子供かな? 二十六歳だよね、この人。


 でも、そういう風にしていると、なんか恐怖がちょっとだけ和らいでいく気がする。そういう意味ではアドリアーネ様には感謝するべきなんだろうな。


「まったく。ベアトリスは本当に『アレクサンデル様大好き人間』なんだから」

「ちょっと! 悪いことみたいな言い方はやめて頂戴。もうっ!」


 からかわれてる奥様を見るのも新鮮だしね。

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