第16話 害獣

「おかあさま! おかえりなさい!」

「おかーちゃまー!」


 天使たちが嬉しそうに奥様に飛びついた。奥様は、あらあら、と言いながら二人を抱きとめる。


 そして、お嬢様に『お願いを聞いてくれないくらいでセーラスを罰してはいけませんよ』と注意してる。お嬢様は素直に『はぁい』と答えた。可愛い!


 奥様の魔法使いスタイル初めて見た。ってこれは魔法使いスタイルだよね? マント付きの黒いドレスを着ている。奥様は赤い髪だから黒が映える。

 つまり、とってもよく似合っていらっしゃる。なんかかっこいい。


 と、思っていたら、ふふん、と得意顔をされた。


「お帰りなさいませ、奥様。えっと、スタンピードは?」

「もちろんそうなる前に収めてきたに決まっているでしょう。あいつらが他の害獣を誘い出す前でよかったわ。でなければ取り返しのつかない事になるもの。倒した害獣の骸は外にあるわよ。まだ素材取ってないから」


 なんかさらりと言っているけど、めちゃくちゃ怖い! この世界ではそれが普通なのかな。

 素材取るとか、なんかゲームみたいな言い回しだ。でも現実なんだよね、これ。やっぱ怖い。


 昔の時代はカエルの解剖とか理科でやったらしいけど、私はやった事ないし。おばあちゃんから聞いただけ……ってそれについてはあんまり考えない方がいいかも。いろいろ考えちゃうから。


「おかあさま、みにいっていい?」

「いいけど見るだけよ」

「はーい! モエも行こう!」

「え!?」


 お坊っちゃまが誘ってくるけど、行きたくない。


「行きましょう、モエ」


 奥様もにっこりと笑いながら言う。これは命令だ。


「でもお嬢様が……」

「いく!」


 ……お嬢様も行くんですか。そうですか。いいの? 外ってその害獣とかいう化け物が倒れてるんだよね。教育上よくないのでは?


「エステッラは慣れているから大丈夫よ。もちろんドミニクも。ね」

「うん! いっつもみてるよ!」


 いっつも見てるの!? すごいな。五歳と三歳だったよね?

 なんかお子さん達がめっちゃ積極的だけど、この世界では普通なの?


「さあ、行きましょう。可愛い子供たち」

「はーい!」

「きょうはどんなのがいるの?」

「見てのお楽しみよ」


 そ、そんなテーマパークに行くようなノリで! いいの? いいのか? エステッラお嬢様は奥様に抱っこされて嬉しそうにしているけど。


 使用人である私は嫌だとは言えないから着いて行く。ポップコーンはまだ食事中だし、バケツは後で下げればいいし。


 外には魔物と言えるような化け物がたくさんいた。これが害獣なんだ。実際に見たのは初めて。やっぱりしっかり死んでる!


 ニワトリの頭に蛇のしっぽが付いているやつはコカトリスとかいうやつかな。異世界には実在するらしい。十匹くらい倒れてる。


 そして隣に五頭倒れてるのはピンク色の狼だ。動物園で見る狼よりちょっと大きい気がするような……。やだ。一頭舌出して死んでる。怖い!


「こ、これは……?」

「モエしらないの? じゃあぼくがおしえてあげる。これがコカトリスで、こっちにいるのがアイスウルフ」


 首をかしげてる私を見て、お坊っちゃまがお兄さんぶって説明してくれる。可愛いし、ためになる。ありがたい。


「アイスウルフ、ですか」

「そう! ピンクのこおりとさむさでこうげきするんだよ!」


 ひょえー! 氷を出しまくる狼とかめっちゃ怖い! 話聞いてるだけで寒くなってくる。ピンク色が全くメルヘンじゃない!


「熱が弱点だからさっさと倒せるわよ。害獣の中は弱い部類だし」


 奥様がさらっと言っているけど、それはアイスウルフとやらが弱いんじゃなくて、奥様が強いのでは?

 とにかく、私は遭遇したら一目散に逃げよう。


「それにしてもモエ、コカトリスの事は知ってるの?」


 奥様が不思議そうに尋ねてくる。そうだよね。まったく質問しなかったもんね。


「あ、はい。一応、知識としてはあります」


 元の世界の物語に出てきたから知ってるんだけど、私が『ユニコーンの乙女』だって事はお坊っちゃま達には黙っておいた方がいいよね?


「えっと、確か毒の息を吐くとか。石化能力を持つとか?」

「毒の息は吐くけど、石化はしないわね」

「え? そうなんですか?」

「ええ。真正面から毒を吐かれなければそこまで危険じゃないわ」


 やっぱり物語と実際ではちょっと違うんだなー。


「それにコカトリスの毒ならある程度耐性があるし、少し吸ったくらいでは大したことないわ」


 って奥様には全然脅威じゃなかった!


「それにしてもこんなにたくさん……」

「そう! おかあさまがぜんぶたおしたんだよ! おかあさまはすごいんだ。『おうこくいちのまじょ』ってよばれてるんだよ!」


 王国一……。旦那様から五本の指に入るとか聞いたけど、一番だったんだ。やっぱり奥様の事は敵には回さないようにしよう。あ、もう回してるか。あのポップコーンのせいで。


 つまり、私、今、やばいのでは?


 絶対、これ『わたくしに逆らったらこうなるわよ。うふふふふ』って事だよね。

 害獣も怖いけど、奥様も怖い。


 ちらっと奥様を見たら微笑まれた。

 ああ、終わった……。


「あらあら、モエにはちょっと刺激が強すぎたかしら」

「い、いいえ! 大丈夫です!」

「そう? ここで暮らすのならば、少しずつ慣れなさいね」

「……はい」


 それしか返事は求められてない気がする。


「お、奥様は今までもこうやって害獣を?」

「ええ、もちろん。みんなの安全にもつながるし、魔法使いとしてはいい素材になりますからね」


 奥様によると、魔獣の体の一部にはマナの源と言われる場所があるらしい。コカトリスはとさか、アイスウルフは牙、そしてユニコーンは角らしい。

 それを取られるとマナを失ってただの動物に成り下がるのだとか。


 それ以外の部分もマナの源ほどではないが、魔法の材料になるそうだ。だから解体は大事な魔法使いのお仕事なんだとか。


 なるほど。ポップコーンとの初対面で『謝罪しないと角折る』、って言ったら大人しくなったのはそのせいか。その後すぐに調子に乗ったけど。


 あと、奥様が魔法でポップコーンをぶっ飛ばさずに鞭打ちにしたのは、うっかり壁にぶつかったりして角が折れるとかいう事故を防ぐためなのかな。鞭打ちだと攻撃されるのは胴体だけだし。いや、奥様ならそこはガードしてぶっ飛ばせそうだけど。


「だから、わたくし達魔法使いは害獣からは敵視されているわ」


 つまり命を狙われたくないって事か。そりゃ害獣も生き物だもんね。


 でも、あのポップコーンも奥様を嫌ってるよね。やっぱりあいつは害獣なのでは?


 そう思った途端、奥様が噴き出した。どうやらツボに入ったらしく大笑いをしている。


「お、おかあさま、どうしたの?」


 お坊っちゃまに心配されている。


「何でもなくてよ。ちょっと面白い事を思い出しただけよ」

「そうなの? ねえ、おかあさま、きょうはかいたいてつだっていい? ぼくコカリスのしっぽきってみたい!」

「まだ駄目よ。見るだけだと言ったでしょう。解体はもうちょっと大きくなってからね。さ、朝食を食べてからモエと遊んでいらっしゃい。すぐにすませるから、後でお母様も遊びに混ぜてね」

「おかあちゃまもあしょぶ?」


 エステッラ様が嬉しそうに言った。お母さん大好きなんだな。


 もしかして、今日、お子様達が早起きしたのは仕事に行く前の両親に遊んでもらうためだったりして。

 だとしたら本当によかったですね、お坊っちゃま、お嬢様。


「ええ、だからいい子で待っていてね、可愛いわたくしのエスティ」


 そうして優しくお嬢様の頬にキスをする。


「おかあさま、ぼくも!」

「あら、ドミーも? いいわよ」


 そしてドミニク様のほっぺにもちゅっ。


 うん。なんかママって感じ。慈愛に満ちている。それだけお子様たちの事が好きなんだなー。


「おかあちゃまだいしゅき!」

「ぼくも!」


 そう言いながら子供達は奥様に両側から抱きついた。


 やっぱり幸せな光景だ。


 後ろに害獣の死骸が転がってなければもっと素敵なのに!

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