第14話 恋心? ミーハー?
その三日後、朝の挨拶をしに奥様の部屋に行くと、奥様が厳しい表情をしていた。
私、なんかやらかしたかな?
「あんまりカタリナにカロルス君のこと喋るんじゃないわよ」
いきなりそんな事を言われてびっくりする。
というか、私、何も言ってないのに、奥様はどうして知って……あ、そうだった。全部筒抜けでしたね。
あれから私は一回だけカタリナとルチッラにカロルス様とのやり取りを愚痴った。さすがに旦那様の弟さんと険悪なのは嫌だし、分かり合えるんならそれが一番いい。だからアドバイスをもらいつつ、少しずつ関係改善——向こうが喧嘩を売ってきたんだけど——に努めようと考えてる。
とは言っても最後には『お前なんか認めないからな!』とかいう子供みたいな捨て台詞吐いて立ち去っていくんだけど。それでも根気よく話していけば大丈夫なはず。たぶん……。
でも、奥様は不満顔だ。やっぱり私に味方が増えるのは嫌なのかな。
でも、あの絡み、本当にストレス溜まるんだよね。ポップ……セーラス……様にエサやってる時にばっかり来て文句言いまくるの本当にいい加減にして欲しい。
「心の中の呼び名は直さなくていいわ。あいつがこっそりお菓子の名前で呼ばれるというのは面白いし。いい気味だって思うもの」
「……そうですか」
なんか公認になった気がするんだけど? いいの?
「それにしてもカロルス君がそんな事するなんてねえ……。あの子らしいといえば、あの子らしいけど、そこはわたくしとアレックス様が心配するから何もする必要はないのに」
奥様が呆れた様な顔で笑っている。
使用人の事を話すのとはまた違う優しい顔。ああ、そうだよね。旦那様の弟って事は、奥様にとっては義弟に当たるんだよね。
「カロルス君とは幼馴染みたいなものなのよ。婚約している時からこの屋敷にはよく遊びに行ったし、アレクサンデル様に嫁いだのはわたくしが十六の時だったしね。もう十年以上の仲だから本当の弟みたいな感じなの」
奥様が説明してくれる。
なるほど。なんか『家族』って感じ。ステキだなぁ。奥様はそうやってこの家との関係を作って来たんだなぁ……。
って、これも筒抜けなんだっけ。勝手な事考えて、とか怒られるかな。
でも、カロルス様って離れに住んでるんだよね。
「ああ、わたくしとアレックス様は本邸にいてもいい。むしろいなさいって言ったのだけどもね。あの子は頑固なところがあるから」
……それ頑固で片付けていいんですか?
まあ、カロルス様が頑固なのは否定しないけど。
「もしも、あなたが……」
奥様が小声で何かを呟いた。なんだろう。
「なんでもなくてよ」
そう誤魔化される。心の声を聞けるのは一方通行なのは分かってるけど、私は聞かれてるのに、なんか不公平な気がする。
「それより『ステキ』だと思うのなら、あの子のプライヴァシーは大切にして頂戴」
叱られちゃった。
軽く愚痴っただけなんだけどな。それもカタリナの気分が悪くならないように言葉も選んだのにいけなかったのかな。
まあ、つい喋りすぎたかもしれないけど、カロルス様に会ったって言うと、カタリナが喜ぶんだもん。
明らかにワクワクしながら聞いてるから。
多分そういう……いや、なんでもないです。
「あなたね……」
奥様が呆れたようにため息を吐く。きっと心の声をセーブしたのバレたな。内容も予測されたんだと思う。
「ただのミーハー心でしょう。放っておけばいいわ」
そうしてバッサリと切った。
「そんな言い方ないと思います!」
つい立場も忘れて声を上げてしまった。慌てて口を押さえる。
やばいやばい。もし、この件でカタリナに何かあったら大変だ。友達が奥様にいびられるなんて冗談じゃない。
しないでくださいね!
「はぁーーーーーー」
奥様がおでこを押さえて深いため息を吐いた。な、何その反応。なんか心底呆れてるみたいな。そんな変な事言ってないし、思ってない。
「とにかくカロルス君と揉めてるということは周囲にはあまり言わないでちょうだい。カタリナに相談するのも控える事」
「……はい」
納得いかないけど、カロルス様の事を気にかけての事だから引く。
「さ、セーラスに餌をやっていらっしゃい」
これで話は終わりのようだ。素直に『はい』と返事する。それ以外の返事は受け付けてないはずだから。
「そういえば、『ポップコーン』に改名したんだったかしら? わたくしもそう呼べばいい?」
奥様がからかってくる。
「カロルス様に勝手に名付けるなと叱られてしまったので呼ばなくていいです!」
慌てて訂正すると、奥様はころころと笑った。
「あの子も固いんだから。ああ、そうそう。今日から少しだけ食事に肉も足す事にしたから」
「え!? まじ!?」
びっくりしすぎてつい声を上げてしまった。奥様は『口が悪いわね』と言って笑った。
「本当よ。不満が溜まりすぎるのも良くないからね。もう三週間も経つしそろそろ戻していかないと」
ああー。なるほど〜。
不満が溜まった結果、こうなったんだもんね。
『こう=私』というのがものすごくムカつくけど。
ため息を一つ吐いてから、奥様にきちんと挨拶をしてユニコーンの食事が置いてある部屋に向かった。
また一日が始まるのだ。
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