第12話 カロルス

「ユニコーンさん、ごはんですよ」


 いつも通り、えっちらおっちらと重いバケツを運ぶ。


「ヒヒーン!」


 馬が嬉しそうに鳴いた。

 もうこのやりとりもかなり慣れた。

 馬がウキウキとバケツの中を覗いて、ズーンと落ち込むまでがルーティンである。


「またこれか、乙女よ」

「はい」


 悲痛な顔でバケツの中の高級野菜を……やっぱり食べるんかい!


「ああ、どうしてこんな事に……」

「私を呼んだからじゃないでしょうか」


 正論を突きつける。


 馬は馬らしくヒヒーンと鳴いた。そんな悲しい声を出してもダメですよ。


「それに奥様に聞きましたけど、野菜だけで栄養が偏ることはないそうですね」

「でも肉だって食べたい」

「だったら最初から奥様と仲良くすればよかったんじゃないんですか?」

「あの女は嫌いだ」

「このわがままユニコーン!」

「私はわがままではない!」

「じゅうぶんわがままですっ! つーかほんっといい加減にしなよ、あんた! 誰のせいで私がこんな目に遭ってると……」

「おい! 聞いてるのか、お前!」


 ユニコーンといつも通り言い合っていると、厩の入り口の方から声が聞こえた。


 そちらを見ると、不機嫌そうに腕を組んでいる栗色の髪の男性が立っていた。歳は私よりちょっと上くらい? 旦那様や奥様よりは下っぽい。


「すみません、聞こえていませんでした。何かわたくしめに御用でしたでしょうか」

 わざとめっちゃ丁寧に返事する。

「お前がモエか?」


 名指し!? 今度は何だよ!


 そう怒鳴りたい。もう私はやさぐれている。乙女のかけらもない。


「はいそうです! 私が如月萌絵ですよっ!」


 全く今度は何なんだよ! つーかこの人誰だよ!


 きっとイケメンなんだろうけど、私がやさぐされているせいか『ふーん。顔整ってるねえ』くらいにしか思わない。


 私、枯れてるんだろうか。まだ十八なのに。


 にしても本当にこの人誰? 旦那様に似てるから兄弟か親戚?


「どちら様ですか?」


 でもちょっと警戒しつつ聞いてみる。だって最初から喧嘩腰とか嫌な奴確定だし。


 多分、旦那様の親類なんだろうけど、旦那様と言えば、クソポップコーンの主人なわけで。つまり私の敵なのでいい気はしない。

 こんな心の声聞いたらまた奥様に怒られそうだな。殺気向けられちゃうかも。でも本当の事だし。


「僕はカロルス・エインピオだ。で? お前がお兄様の相手としてユニコーンに連れてこられた女か?」


 つまりこの人は旦那様の弟さんらしい。


 はぁー。腹立つー! もう異世界に来てから敵意しか向けられてなくない? 本当にありえない。


「そうポップコーンは言ってますけど、私にそんなつもりはありませんから!」

「ポップコーン? ポップコーンとは何だ?」


 カロルス様が怪訝な顔をしている。


 しまったぁー! あいつのふざけたあだ名を口にしてしまった! やばい!


「えーっと……ユニコーンの間違いです。申し訳ありませんでした」


 大人しく頭を下げる。ミスったのは本当だから。


 とにかくなんとかごまかさなきゃ。兄のペットに変なあだ名をつけた女とかサイアクだからね。本当にすみません。


「セーラスに勝手に別の名前をつけたのか? もう女主人気取りか!?」


 え!?

 斜め上に解釈しやがったよコイツ!


「いえ、ただのいいそこまちがいですが」


 とりあえずごまかす。


「コーンというところが一緒なので私の世界のものと言い間違えてしまいました。申し訳ありません」


 これは言い訳としてどうなのか、と思いながらもそう言って頭を下げる。嘘じゃないし。


「いや、乙女が名付けてくれるなんて嬉しいと思う」


 第三者の声がした。カロルス様と同時にそちらを見る。


 ポップ……いや、セーラスだ。


 そういえばこいついたんだ。口の周りを野菜くずだらけにしているのがなんだかイラっとくる。


「は?」

「きっとすごく偉大な人物の名前とかなのだろう。嬉しいな。乙女が名付けてくれた。大切にしよう」


 はしゃいでるとこ悪いけど、その言葉はただの白いお菓子の名前ですけど何か?

 鼻で笑いたくなったけど、とりあえず大人しくしておく。


「何を言ってるんだ! お兄様が名付けてくれた『セーラス』という立派な名前があるだろう」

「そうですよ。こんな謎な異世界人の小娘の言葉などどーでもいいじゃないですか」


 とりあえず便乗した。自分を貶めてしまったけど、今は正解な気がする。


「お前が言いそこ間違ったから変な事になったんだろうが!」


 えーーーーーーーーーーーっ!?


 まあ、確かにそれはそうなんだけど……。そうなんだけど……。指差して言われるとあんまりいい気はしない。


「とにかくお前なんかお兄様の相手として認めないからな!」


 そんな風に叫んでカロルス様は厩を出て行った。


 ……本当に貴族なのか、こいつ。旦那様の、第一等貴族様の弟さんなんだよね? 私より年上なんだよね? なんだ、そのガキっぽい捨てゼリフ。

 本当になんなのあいつ。


 はぁ、とため息を吐く。


「旦那様の弟様が認めないんだって」


 とりあえず『セーラス』にそう言ってみる。


「知らん!」


 一言なのにものすごくムカつく言葉が返ってきた。

 いや、ふざけんなよ! 元はといえばこいつのせいじゃん!


「そうですか。食事は……」


 もういりませんね、と続けようとしながらバケツを見る。

 でも中身はもう空だった。チッ。


「ああ、まずいメシだった。乙女よ、早くご主人様の番になって毎日ステーキを食べさせておくれ」


 絶対に美味しいお野菜たちだと思うんだけどね。こいつ贅沢すぎる!


「お粗末様でした」


 たてがみを引っ張りたい気持ちをぐっとこらえてそれだけを言う。


 そしてさっさとバケツを下げてその場を去った。

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