第10話 来客
玄関が騒がしい気配がする。またお客様が来たらしい。
このお屋敷には来客がいっぱい来る。旦那様は第一等貴族という偉い貴族様——こっちで言う『公爵様』みたいな身分——だし、奥様は強い魔法使いなので、どちらにも用事がある人はいっぱいいるのだ。そういう予定は執事さんが管理して、メイド長も把握してるから、私達普通のメイドにも軽く話はされている。
でも、今日は来客の予定はなかったはずだ。だから多分、アポなしのお客様。
こういうお客様は時々来る。アポなしとかなんてマナーがなってないのか……って私もそうだったっけ。
いや、私の場合はあの腐れポップコーンが勝手に連れて来ただけだから! 私はあの時はフツーに電車に乗るために駅に向かって歩いてただけだから。
奥様にはアポなしのお客様は迷惑な話だと思う。離れから急いで戻らなきゃいけないんだから。奥様は身分の高い人だから『忙しいからごめんね』と言って追い返してもいいと思うのに、律儀に対応するんだよね、あの人。
玄関が騒がしくなったのを聞きながら、大広間の床にモップをかける。なるべくさっさとやりたい。だって。
「モエ、あなたは奥の客室の掃除をしなさい」
ほら来た。メイド長が私を呼びに来る。来客があるといつもそうだ。
つまりお客様に私を見せたくないんですね。そーですね、旦那様の間女候補なんだし……って私そんな気ないのに!
でも命令には逆らえないから屋敷の奥に向かう。ま、掃除には変わらないからいいや。
あーあ。あんまりしっかりとは磨けなかったな。しょうがない。その分客間はピッカピカにしよう。あんまり使ってない部屋だけど。
足早に使用人用の廊下を歩く。
前から先輩メイドのルチッラが来るのが見えた。初日の夕飯の時に私に嫌味を言った一人なので、あんまり仲良くはない。一応会話はするけど。
「あれ。モエじゃない。あんた今は大広間の担当じゃなかった? なにサボってんの? 奥様にチクるよ」
さらっと怖いこと言わないで! 奥様のイジワルスマイルが浮かんで来て軽くビビるのよ。『お昼間にお掃除を怠けていたんですって? 操って自動的に掃除させようかしら』という幻聴まで聞こえてくる。いや、私サボってないし! 濡れ衣!
「今、予定にないお客様が来てるので、メイド長に客室の掃除をしなさいと言われました」
「ああ……」
なんで納得されてんの!?
でも、こんな事は初めてじゃないから納得されたんだと思う。
「これ何でなんでしょうね?」
「あんたみたいな不実な人間をお客様の前に出すわけないじゃない」
「私、そんな気ないんですけど!?」
大事な事だから何度でも主張する。
「そんな気ないの? いつもそう言うけど信用ならないのよ。だってあんたセーラス様にのこのこついてきたんでしょ?」
「無理やり連れてこられたの間違いです!」
いや、本当にふざけんなよ! ここはしっかりと言わないと。
「私の意志じゃないです! 脅されて連れてこられたんです! それが妻子持ち相手って本当にふざけんなって感じです! だからユニコーンにはマジでムカついてるんですよ!」
勢いよく言ってから、どん! と右足を踏み鳴らす。
こんなひっどい目にあってるなんてありえない。何でこんな事になったのかってものすごい嘆きたい。
そんな私の怒りの勢いにルチッラが軽く引いている。なんかゴメンなさい?
「……無理やりなの?」
「無理やりですよ。ついてこないなら置き去りにするーとか言われたから」
「……それやったの本当にセーラス様?」
「そうだから、今、私がこんな目にあってんじゃないんですか?」
イライラしながらそう吐き捨てる。ルチッラがやっぱり私の怒りにドン引きした顔をしてる。
「お待ちくださいませ!」
その時、不意に向こうからメイド長さんの焦る声が聞こえた。そして、ドスドスと歩いてくる足音まで聞こえてくる。
ついルチッラと顔を見合わせた。一体何があったんだろう。ここ、使用人用の通路だよね。こんなどすどすしてる使用人はいないはず。
「きちんと表の廊下を案内をさせていただきますので、勝手な行動は……」
「わしがどこを通ろうがわしの勝手だろう。使用人の分際で偉そうに! 引っ込んでろ!」
「きゃあ!」
その声とともに、どん! と何かを押す音が聞こえて来た。
よく分からないけど、今のやりとりだとお客様がメイド長さんを突き飛ばして壁にぶつけた?
なにこれ。乱暴なお客様なの? 礼儀知らずな上にそれってやばいのでは?
「私が様子見てくるから、モエは予定通り客間に行って」
そう言われたので、『はい』とだけ言ってそのまま客間に向かおうと思った。でも、ドスドスという足音がこちらに近づいて来た。
お客様相手ならきちんと使用人らしくふるまわなきゃいけない。たとえ、その人が礼儀知らずで乱暴なおっさんでも。
ルチッラにならって廊下の隅で頭を下げてお客様が通り過ぎるのを待つ。なのに足音が何故か私達の前で止まった。
「あんた新人か?」
いきなり私に話しかけて来た。
「はい。そうでございます」
聞かれるまで名前は名乗るな、と言われてるのでそうした。
「そうか」
めちゃくちゃ視線を感じるんだけど。何この人。しかも頭上げられないから顔が分かんない。靴しか見えない。
そのお客様はめっちゃ手を動かして私をジロジロ見てる。ねえ、その動き謎過ぎない? サイズでも測ってる感じがするんだけど、サイズ? いや、何のサイズよ。私がデブだとでも言いたいのか? 私、標準体重なはずなんだけど、ご馳走食べ過ぎて太った?
「なるほどな」
なんか納得したみたいな態度だけど、これで終わりかな?
「試してみるか……」
と、思ったのに、なんか私に手が伸びたような気配が……何? 何を試すの? 怖い!
「いい加減になさいませ!」
不意に執事さんの厳しい声が聞こえた。
「何だ? 今度は執事か」
だが、お客様は偉そうな態度を崩さない。何なのこの人!
「使用人を怖がらせるのはやめてください。これ以上続けるようなら奥様にご報告いたします」
「チッ! ベアトリスに言われたら困るな。……忌々しい小娘め!」
お客様はイラついたように舌打ちして元の道を戻っていった。
た、助かった?
「大丈夫? モエ」
さすがに同情したんだろう。ルチッラが優しい声をかけて来た。
「あの人は?」
「ああ、あの人はバルバルザーレ卿よ。奥様と同じ、偉い魔法使い様」
「それがどうして使用人の廊下に?」
「……分かんない」
奥様の事忌々しいとか言ってたけど、仲悪いのかな。だから嫌がらせでもしてやろうとかいう魂胆なんだろうか。意味不明すぎる。だからって使用人廊下に侵入したあげく、新人メイドに絡むこともないだろうに。
「……お掃除、行ってもいいですか?」
「……いいと思うよ」
「じゃあそうします」
とりあえず仕事に集中すれば嫌な事も忘れるよね。
それにしてもこんな意味不明な嫌がらせをするライバルさんがいるなんて。奥様は本当に大変だな。
廊下を歩きながら、私は奥様にものすごく同情したのだった。
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