第8話 ワガママユニコーン
「ユニコーンさん、ごはんですよー」
「ヒヒーン!」
重いバケツをえっちらおっちら厩まで運んでいくと、馬が歓声をあげた。お腹すいてたんですね。この食いしん坊馬。
……あれ? 馬の返事がない。ああ、馬は奥様みたいに私の心を読めるわけじゃないもんね。
って、奥様に心読まれるのもう慣れたの? 私。慣れって怖い。
「食事! 食事! あさごはん!」
食いしん坊馬はウキウキとこちらに寄ってきてバケツの中をのぞき込む。そして落胆の表情をした。
「何だこれは? これが私の食事なのか? どういう事だ、乙女よ」
「どういうことだと言われましても、私はこれをユニコーンさんにやってくれと頼まれただけですので」
「だ、誰の指示だ?」
「奥様です」
素直に答える。もちろん奥様に『わたくしに命令されたって言っていいわよ』という許可はおりている。その時は何でか分からなかったけど不満が出るからだったのね。
「だからあの女は嫌なのだ!」
馬が吠えた。
でもバケツの中にあるのは普通のお野菜に見えるけど。馬には普通の食事じゃないのかな。嫌いな野菜でも入ってた? それともユニコーンは野菜嫌いとか? だから奥様があんなこと言ったのかな?
「まあいい。近いうちに乙女がご主人様の番になってくれるからな。あの女の意地悪からもおさらばだ!」
「……は?」
何を言ってんだ、こいつ。まだそんな事を言ってんの? 無理だっつーの。
「気にくわないとこういう事をしてくるのだ、あの女は!」
「……はぁ」
生返事しか出来ない。
「だから追い出してやるのだ! そうすれば食事も改善される! 毎日豪華な分厚いステーキが食べられるんだ!」
「…………は?」
低い声が出る。馬はひぃっと情けない声をあげた。
「ヤダヤダたてがみつかまないで! 目が据わってる!? 乙女というものはもっと朗らかな表情をしていなければならないものだぞ!」
「誰のせいだと?」
「あの女だ!」
「あんたのせいだろ!」
私が呼ばれた理由はこれなの? 馬の贅沢なご飯のため? ふざけんなよ!
そんなことの為に異世界から人連れて来る? 普通。
きっと、奥様がこいつの食事をあえて質素? な野菜だらけにしているのはこういう理由もあるんだろう。きっと普段から手を焼いているのだ。こいつのわがままに振り回されているに違いない。
それでも高級野菜にしてるのがまだいいと思うけど。
「乙女が『あんた』とか言うもんじゃない」
「言葉遣いを訂正すんな! ムカつく!」
「乙女がムカついちゃいかん」
「誰が決めたの!」
「私だ」
「自分ルールじゃん!」
「悪いか?」
「悪いわっ!」
結局は喧嘩になってしまうのだ。私たちは本当に『ユニコーンとその乙女』っぽくない。
「でも、私は本当にあの性悪女が嫌いなのだ」
ああ、可哀想な苦労人奥様。マジで同情するわ。って私も奥様から見たら加害者だけど。
「そんなこと私には関係ない! 待遇が気にくわないなら自分で奥様に言えば?」
「あの女は私の言うことなんか聞かん」
それはそうだね。あの奥様なら……。
「わたくしに何か文句があって?」
って言うよねえ……って、え?
「お、お前……!」
「うふふ。どうなの?」
「おくさま……」
かすれた声がでる。奥様いつからそこにいた? もしかして監視されてた?
奥様は固まった私をみてくすりと笑う。そして改めてユニコーンに向き合った。
「まあ、食欲がないのね。かわいそうに」
中身が全く減ってないバケツをのぞき見た奥様はわざとらしく嘆いた。演技でーすって思いっきり伝えている感じ。
そしてバケツを取り上げる奥様。あーあ。馬がブルルッって不満そうに唸っている。
「いらないのでしょう?」
「た、食べる!」
「でも、さっき、わたくしの悪口を言っていたし、そのわたくしに恵んでもらう食料はたいそうまずいのでしょうね。悲しいわ」
そう言いながらバケツを持っていない方の手で目頭を押さえている。
これは笑ってもいいんだろうか。材料は奥様が提供してくださっているし。
「く……」
そう考えた途端に自然と声が出てしまった。馬が怪訝な表情をしている。ごめんね。ガマン出来なかったんだよ。
「あらあら、『乙女』にまで馬鹿にされちゃってかわいそうにねえ」
奥様はここぞとばかりに馬をいじめている。
「モエ、下げなさい」
「はい、奥様」
奥様がバケツを渡してくるので素直に受け取る。食事抜きの刑のようですよ、自己中なお馬さん。にしても、これ重い。奥様よく片手で持ってたな。
「ブルッ!」
馬が吠えた。
「いると言っているだろう! 性悪女め」
今の『性悪女』はどちらの事を言っているのだろうか。
「……奥様、どうしましょう」
先ほどの奥様のようにわざとらしい声を出してみる。私は奥様に忠実で気の弱いただのメイドです。
「そうねえ、どうしようかしら」
奥様もノリノリだ。
馬はしばらく下を向いてブルルルと文句を言っていたが、ついに顔をあげた。
「あ、謝る! 謝るから食事を下さい。……ごめんなさい」
その返答に奥様は意地悪そうに笑った。
「モエ」
命令の言葉はそれだけ。でも私にはわかった。
馬の前に無言で、でも恭しくバケツを下ろす。
「さあ、召し上がれ。うふふ」
奥様、馬を脅す。
そんなナレーションが聞こえた気がした。馬の顔が引きつってる。いい気味だ。
「モエ、次のお仕事にかかりなさい」
「はい、奥様」
奥様の言葉に従順に答える。奥様は満足そうに微笑んだ。
挨拶をして厩を出て行く。
馬はまだ奥様にチクチクといびられていた。
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