第7話 朝
あれからカタリナの部屋にお呼ばれして、この屋敷の使用人のルールなどをいろいろ教えてもらった。仲良くしようね、と言われたのが嬉しい。ここに来てからは敵対心を持つ人たちばっかりに囲まれていたから。
でも、もし私が旦那様に手を出したらカタリナも敵になるんだろうな。彼女の信頼はきちんと守らなきゃいけない、と心に決める。
あてがわれた部屋は個室だし、待遇も悪くない。食事も美味しかった。きっと使用人としてはいい生活なのだろう。そんなことを考えながら眠りにつく。
この一連の出来事が夢だったらいいなと願いながら。
***
夢じゃなかった。
眠りについたのと同じベッドで目を覚ました私が最初に思ったのはそれだった。
泣きそうになったけどガマンする。今から泣いたら目立つし、大体時間がない。
今日からメイドの仕事が始まる。急いで身支度しないと。
とりあえず着替えようと思った瞬間にノックの音がした。
やばっ! まさか初日から寝過ごした!? でも時計は起床時間を指してるし。え? カタリナが嘘吐いた? それとも嫌がらせで誰かに時計をいじくられた? うわうわうわどうしよう。とりあえず急いで支度をしなきゃ。
「モエ、起きなさい。起床時間ですよ」
メイド長さんの声だ。どうやら寝坊してなかったみたい。とりあえず疑ってごめんなさい、先輩達。
「はい。起きてます」
返事をするとすぐにドアが開く。入っていいんですかとかないらしい。そういやこの人上司だった。でもプライバシーとか……ないんだろうな。
「奥様がお呼びですよ。支度をしたらすぐに来るようにと」
「は、はいっ!」
うわっ。いきなりお呼び出し。昨日食堂で先輩達ともめた件でお叱りだろうか。
「あの、ところで、私、奥様のお部屋を知らな……」
「だから案内しに来たんんです。さっさと着替えてください」
「はいっ!」
上司に逆らっちゃいけない。私はすぐにクローゼットに飛びついた。
***
「おはよう、モエちゃん。よく眠れたかしら?」
奥様は絶好調だった。相変わらずのイジワルスマイルを……。
「なぁに?」
「ぬわっ! 何でもありません」
そうだったー。私の考えてる事は隷属の魔法とやらで奥様に筒抜けだった。忘れてた。
奥様はくすくすと笑っている。私のうろたえぶりが楽しいのだろう。
でもとりあえずきちんと口で会話をしないと。
「お気遣いありがとうございます、奥様。おかげさまでぐっすりと眠れました」
「あらそう。……倉庫にすればよかったかしら」
「いいえ! あの部屋がいいです!」
恐ろしい発言を必死で止める。倉庫に寝るなんてイヤ!
「そう……。残念だわ」
いらっしゃい、と手招きをされる。今日は操る気はないようだ。でも断る理由もないので大人しく従う。
「何でしょうか、奥様」
「モエ、あらためて言っておくわ。もしわたくしの旦那様に……」
「手なんかだしませんよっ!」
苛立ってついかぶせてしまった。すると何故か奥様が眉をひそめる。
「わたくしのアレックス様の何が不満なのかしら?」
……う、うわー。この人すっごくめんどくせー!
「……モエ?」
「真実を思っただけです! あと、私既婚者は恋愛対象じゃないので。大体、みんなしてしつこいんですよ! 私だって望んでここにいるわけじゃありません!」
言ってやった。言ってやったぞーっ! どーだ、奥様、まいったかーっ!
なんか変なテンションになってる。ま、いっか。
「ま、いいわ」
うん。やっぱり奥様聞いてる。口まねならぬ心まねされたよ。
「それより昨日はどうだったの?」
いきなり話が飛んだ。
えっと……どこから話したらいいだろう。
昨日はユニコーンを名乗る馬に呼び出されて、なんか『女の人に恵まれない可哀想なご主人様の嫁』を……ひぃ! 奥様! 馬が言ったんです、馬がっ!
「ふっふふふふふふふ。そう……」
奥様は不気味に嗤っている。……ごめんよ、馬。自業自得だから罰を受けてね。
「どこまで話しましたっけ?」
「話してないわよ」
そういえば奥様は私の心の声を聞いているだけだった。このまま続けてもいいでしょうか?
「いい度胸ね。声を出しなさい」
叱られてしまった。当たり前だ。
声に出すんなら奥様との話は外しとこう。分かってることだし。
「えっと……あの後は夕食をいただきました。ビーフシチュー美味しかったです」
「うちはとても腕の良い料理人を雇っていますからね」
奥様が珍しく朗らかに笑った。なんだ、そんな顔も出来るんじゃん。いつもそんな優しい顔していればいいのに。
それにしても奥様がこういう表情を浮かべてるのは、自分の使用人を心底誇らしく思っているからなんだろうな。
私もいつかそうなれるかな?
「無理だと思うわ」
即答!? 奥様酷い! あーもー。くすくす笑ってるし。
「そういえば夕食中に同僚と揉めたんですって?」
え? あ、ああ、あれかぁー。忘れてた。さっきは叱られるかな、とか思ってたのに、何で忘れてたんだろう。
「なんか名字があると貴族だと思われるみたいですね」
それだけ言った。
「説明したんですけど、生意気な言い方になってしまったんです。それで怒らせちゃって……その……」
「そうね。これからはあまり名字を名乗らない方がいいわね」
そうだよね。面倒ごとは嫌だし。
まあ、もうないと思うけどね。カタリナがかばってくれたしなぁ。
「……カタリナが?」
「あ、はい。カタリナさんが止めてくれて……」
お友達になりました、とまでは別に言わなくていいか。って、あ、聞かれてるんだった。
「あらまあ、もうお友達が出来たの」
「え? はい」
「よかったわね、モエ」
にっこりと笑って言われたけど、これ皮肉なんだろうな。
奥様、私に友達が出来るの嫌なのかな?
……カタリナ、私のせいで酷い目とか遭わないよね。
戸惑ってる私に、奥様は苦笑いで返した。えっと、これはどういう反応?
「モエ、そろそろ仕事に入りなさい」
「え? はい」
さらっと話題変えてくるな、この人。
最初は皿洗いかな? それともお掃除? メイドって何するの?
「そうね。まずは……」
そこで言葉を切ると、奥様はにやりと笑った。
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