第6話 同僚
今日の夕食はビーフシチューだ。濃厚なデミグラスソースをまとったお肉が口の中でほろほろ溶けて、なんていうか『最高』という感じだ。
パンは普通のロールパンだ。この家の旦那様達のために焼いたものの残りらしい。きっと使用人の分も数に入れて焼いているんだと思う。ラノベでは異世界のパンはまずいとか書かれてる事が多いけど、この世界ではそんなことなくてよかった。
「美味しい?」
「はい」
一緒のテーブルにいる同僚に声をかけられたので素直に答える。
これ普通に故郷ではホテルのレストランとかで食べられる高級料理では? お貴族様の家は使用人もご馳走を食べれるらしい。すごすぎる。
「喜んで食べるのね。『こんな料理は食べられないわ』とでも言うかと思ったわ」
なんだか嫌味なセリフが飛んできた。そんな酷い事思わないのに。
「お貴族様の口には合わないだろうにねえ」
いきなり貴族の話に飛んだ。奥様の事だろうか、旦那様の事だろうか。どちらにせよ、使用人が主人の悪口を言ってはいけないと思う。でも私は新参者だから何も言わない。ああ。ビーフシチュー美味しいなぁ。
このシチュー、日本のレストランならいくらするだろう。二千円? 三千円? とにかくお高い値段がつくはずだ。
「お貴族様は本当に食べないんですか? こういう料理」
まあ、お貴族様は普通に毎日コース料理とか食べそうなイメージだけど。
つい口を挟んでしまうと、テーブルにいた人たちが『あんたいたの?』という視線を向けてくる。いや、さっきまで私の話題してたじゃん、この人たち。
分かっていたけど彼女たちもそこまで友好的じゃない。メイド長が『この子は「ユニコーンに呼ばれた乙女」だそうだからたーいせつにするんですよぉー』という紹介をしたからだ。
ものすごく悪意のある説明だと思う。
私、旦那様に手を出す気なんかないんだけど……。
「そうね。あまり召し上がらないわね。あんたもそうだったでしょ?」
「え? 何の話ですか?」
つい聞き返してしまった。だってそうじゃん? 私のどこが貴族に見えるの? 私、全然高貴じゃないよ。平凡な赤い血だよ?
もしかして、さっきの『こんな美味しい物食べられなくて可哀想だったわねえ』っていうのは私に対して言ってた?
うん。そうだね。私、庶民だったからこんなホテルの高級レストランに出てくるようなお料理には無縁でしたね。……むなしくなってきた。
「とぼけないでよ! 名字を名乗っておいて貴族じゃないなんて言い訳は通らないんだからっ!」
ブルネットの髪をおかっぱにした同僚が厳しい声をだす。それで私にも理由が分かった。分かったけどそれめっちゃ言いがかり。というか偏見。
「私の住んでた世界では平民も名字を持っているんですよ」
とりあえず訂正のつもりで発言してみたけど、むかついていたせいでちょっとだけ生意気な口調になってしまったかもしれない。みんなの目がつり上がったように見えるのは気のせいじゃないと思う。
「はぁ? あんた異界の乙女だからって調子に乗ってる?」
「い、いいえぇ! めっそうもない!」
つい声がうわずる。だってみんな怖い顔してるんだもん。
「奥様は時々だけど、召し上がるわ」
さっきまでずっと黙っていた茶色の三つ編みをした少女がおっとりと私の質問に答えてくれた。
「そうなんですか?」
「時々だけどね。味見に来るのよ」
そういう事もあるらしい。そりゃ奥様だって美味しいものは食べたいよね。このビーフシチューはほっぺたが落ちるほどの絶品だし。
「そういえば奥様って時々厨房に抜き打ちで来るって聞いた事があるわ」
「そのたびに料理人はドキドキするんだって。うちの彼に聞いた」
「あんたの彼氏の話はいいの! のろけんな!」
「はぁい。ごめんなさぁい」
「うっざ!」
「ごめんて! 許してよ!」
「はいはい。あんたがのろけタイプだって事はよーく知ってるわよ」
「のろけタイプってなにさ!」
「うん。わかったわかった。落ち着きなよあんたら。でもそりゃ料理人もドキドキするわよね。いきなり来て『美味しそうね。それ食べたいわ』って言うらしいし」
抜きうち味見か。だからこそ、メイドも美味しい料理を食べられるわけだ。貴族の奥様も色々考えてるんだなー。すごいなぁ。
「さすが奥様だわ」
「そうそう。こんなのが代わりを務められるわけないのよ」
女の子達はくすくすと笑い声を立てる。『こんなの』というのは私の事だ。
いや、だから私は既婚者に手を出す気なんかないっつーに。あのポップコーン一生恨んでやる。あ、あいつ旦那様のペットだった。くっそー。
「やめなさいよ、新入りに意地悪するの」
先ほどの三つ編みの女の子が止めに入ってくれる。なんていい子なのだろう。嬉しい。
「何よ、カタリナ。あんたこんな奴の味方につくワケ?」
「ああ、あんた地味だもんね。次期奥様候補にすり寄ろうとか考えてるって事?」
「うっわー! サイテー!」
「奥様に刃向かうなんていいと思ってるわけ?」
「後で奥様に言いつけてやるからー。あんたオシマイね」
今度は三つ編みの女の子——カタリナというらしい——を責め始めた。
……なんか私のせいでごめんなさい。
「あなた達、旦那様が信じられないの? それこそ奥様に失礼だと思うけど?」
カタリナが静かに反論する。
「私は新人に親切にしてるだけ。それはいけないことなの?」
彼女の言葉にみんながたじろいだ。あ、どこかで舌打ちが聞こえた気がする。
カタリナは私に、にっこりと笑いかけた。
「大丈夫。奥様はお優しい方だから」
なんだか『お優しい』に力がこもってる気がするのは気のせいではないだろう。それだけ奥様はこの人達に慕われているのだ。
でも、私は奥様に憎まれている。
あの時の憎々しげな表情を思いだし、私は心の中だけでため息をついた。
本当にこれから前途多難だ。
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