第4話 私の処遇

「ここが今日からあなたのお部屋です」


 メイド長がぶすっとした態度で部屋に案内してくれた。


「ありがとうございます」


 こういう態度をとられると逆にこちらが冷静になってしまう。こんなに素直でこのメイド長は大丈夫なのだろうか。


 奥様にたっぷりとユニコーンへのお仕置きを見せられた後で告げられたのは『この家のメイドになりなさい。拒否権はありません。わたくしがたーっぷりとこきつかってあげますわ』だった。


 あのお仕置きの後、ぐったりした馬は奥様にヒール的なものをかけてもらってた。さすがにそのままじゃ駄目だったんだろうな。あの馬、旦那様のペットらしいし。


 そして私は、これから暮らす職員寮の部屋に案内してもらっているんだけど……。やっぱり間男ならぬ間女候補なので冷たいのかな。そんな気ないのに。馬のせいで……。


「あなた、お名前は?」


 メイド長さんの口調がトゲトゲしい。この人は最初に私と馬を出迎えてくれた人。だから結構事情を知っている。そして冷たい。私のせいじゃないのに。


「この子はモエさんよ」


 私が質問に答えようとしたら後ろから冷たいが華やかな声が聞こえて来た。振り返らなくても分かる。奥様だ。

 振り向くと、予想通りの女性が立っている。乱れた髪はしっかり直したらしく美しく結われている。


「そうですか。すみません、奥様の手を煩わせてしまって」

「いいのよ。もう下がりなさい。後の説明はわたくしが……」

「いいえ。奥様! これは私の仕事でござ……」

「下がりなさいと言ったのが聞こえなかったのかしら? はやくなさい」

「は、はい!」


 うわあ。奥様厳しい。あのメイド長さんが小さくなってるよ。


 そのままメイド長さんは立ち去って行った。そして私は黒い笑みを浮かべた奥様と二人きり。


 それにしてもどうして奥様が私の名前を知っているんだ、という野暮な事は聞かない。私も『やっぱりねー』って思っているから。


 そのまま奥様と向かい合う。


「あの……」


 私が話しかけると、奥様はにやりと嗤う。イヤな笑みだ。そう思った瞬間、彼女の笑顔がさらに不気味さを増した。


 やだもーっ! この人まだ私の心の声を聞いてるし。


「あら、いけなかったかしら?」


 いけなくはないけどなんとなくイヤなんだよー! 分かってくださいよ、奥様ぁー。


「嫌がってくれて嬉しいわ。でないとやりがいがないもの」


 そう言いながら奥様は嗤う。

 なんか全部奥様の掌の上っていうのがきついんだけど……さらに嬉しそうな顔になっちゃったね。これ以上喜ばせたくないな。ドSなんだろうか、この人。


 って、思ってる場合じゃない。本題に入らなければ。どうしても奥様に聞きたい事があったんだった。


「何かしら?」


 やっぱり全部筒抜け。でもこういう時はちょっと助かるかも。前置きとかいらないし。どう切り出そうとか悩まなくて済むし。


「奥様は隷属して心の声まで聞いているんですから私の事情はご存知ですよね?」

「ええ。まあ、多少は」


 絶対に『多少』じゃないだろう。ほら、その証拠にニヤニヤしているし。


「帰してはもらえないのでしょうか?」

帰すのかしら。さっぱり分からないわ」


 すっとぼけた? こ、このイジワルお姉さんめ!


「そうね。わたくしは意地悪だから答えるのやめようかしら」

「すみません! 奥様は意地悪ではありません!」


 もう完全に、この、とっても美しく優しい奥様の言いなりだ。


「私は元の世界に帰る事は出来ないのでしょうか? 馬……ユニコーン様の話では出来るという事でした。大体、最初から相手が気に入らないなら帰っていいという事でした。今回の事はそのケースに当てはまります。奥様がお怒りなのは分かりますがどうか……」

「駄目よ」


 即答だった。一応意見は聞いてくれたけどバッサリだ。でもそんな事で『はい、そうですか』と引き下がれるなら最初からこんな交渉は始めない。


「納得がいきません。どうしてか説明してください!」

「うるさいこと……」


 その言葉と共に奥様の余裕の笑みががらりと変わる。憎々しげな視線が私を突き刺した。

 まるで般若だ。この女性は私の事が心底気に入らないのだということが、その表情だけでよく分かった。


「愚かな『乙女』などさっさとわたくし自身の手で殺してやりたいわ。お前はわたくしのダンナ様の伴侶としてあの馬のマナで呼び出された女だもの。妻であるわたくしに殺す権利はあるでしょう?」


 ふふふ、と不気味に嗤う。でも、視線は憎しみをたたえたままだ。


 私は金魚のようにパクパクと口を開け閉めする事しか出来ない。それだけの怒気が奥様からは発せられている。


 気に食わないなら目の届かない場所に追いやればいい。こんな身近に置かなくたっていいでしょうに。

 唇を噛む。そうでなければ泣いてしまいそうだ。


「だからね、何かしてやらないと気が済まないのよ。あなたはわたくしの気が済むまでしっかりとこき使ってあげますからね。それに従えないというのならいつでも言いなさい。すぐに始末してあげるから」


 それだけ言ってから奥様は怒気を収めた。


 こ、ころされるかとおもった。いきてるいきてるいきができるよかったよかった。

 すーはーすーはーと呼吸をする私を奥様は笑いながら見ている。ブザマね、とでも思っているんだろう。


「それよりモエ、そのお洋服はどうにかならないの?」

「すーはーすーふーくですか?」


 深呼吸していたので変な言葉になってしまった。


「だってこんなに藁がついているわ。みっともないこと」


 いや、それはあなたが私を厩に転がしたからでしょ。……言えないけど思っとこ。

 でも奥様の言う通り、私の制服は藁だらけになっている。とてもみっともない。あーあ、制服目当てで入ったくらいお気に入りなのにな。


「残念だったわね。でもこちらの仕事着があるわよ。それに着替えなさい」


 あ、仕事着あるんだ、メイド服かな。ミニスカだったらどうしよう。……ないか。逆にめっちゃロングスカートだったりして。裾に蹴つまずいちゃうとか。


「そんなに長くないから大丈夫よ。ああ、言い忘れてたわ。夕食まであと三十分だから急いで着替えないと食べ損なうわよ」

「え!?」


 これも嫌がらせの一部だろうか。奥様はくすくすとおかしそうに笑ってる。嫌がらせ決定だ。


「クローゼットにかかっているので濃い色の方が仕事着、薄い色の方が寝間着。間違えちゃダメよ。恥ずかしいからね」


 完全にからかわれている。でもこのアドバイスはありがたい。


「ありがとうございます、奥様。精一杯働かせていただきま……」

「何してるんだい、ベアトリス。こんな所で」


 爽やかな声が私の言葉を遮った。奥様の顔が一瞬で恋する少女のような表情になった。頬は思い切りバラ色だ。


 それだけで私にはこの爽やかな声の男性が誰なのか分かってしまった。

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