第2話 お屋敷
次の瞬間、私たちは大きなお屋敷の前に立っていた。
「ようこそ、私の住んでる世界へ」
ユニコーンが偉そうに言う。その言葉にちょっと引っかかるものを感じた。
「ちょっと遅くない? さっきの草原はユニコーンさんの世界じゃないの?」
「世界の中間地点みたいなところだが?」
「え?」
聞いてないよ、そんな事!
そんな所にさらった乙女とやらを置き去ろうとしてたの、この馬? 嘘でしょ。最低すぎる!
「素晴らしい屋敷だろう?」
馬が自慢げにそんな事を言ってくる。何も言わないで口を開けっ放しにしてたのをそう解釈したらしい。
私はこいつの横暴に唖然としていただけなんだけど。
それにしても大きな屋敷だ。これは貴族様の邸宅とかいうやつではないのだろうか。間違いなく私は場違いだ。
私、ただの女子高生なんだけど。
「さあ、入るがいい」
「いや、無理だからね! こんな場所に住んでいる人間なんてお坊ちゃまじゃん!」
「旦那様だ」
「もっとムリぃ〜〜〜!!!」
つい叫んでしまった。だって馬が無茶振りしてくるんですもの。何なの、こいつ!
「無理ではない。行くのだ、乙女よ」
「他人事だと思って!」
「他人事ではない! ご主人様の未来の幸せがかかっている」
「重いよ!」
「何だと? このユニコーン様の体重が重いというのか!?」
「そーじゃなくてさー!」
やいのやいのと騒いでいるとお屋敷の扉が開いて、中からメイドさんらしき女性が出て来た。
「うるさいですよ。何の騒ぎですか?」
うるさいと言われると反論出来ない。確かに私たちは騒がしく喧嘩をしていたんだから。この家の人達にはさぞかし迷惑だっただろう。
ああ。第一印象からサイアク。
なのに馬はこの家のペットだからか堂々としている。いや、ユニコーンだからこの家のご主人の使い魔なのかな? だったら手綱を何とかしてと伝えたい。
「『乙女』を連れて来た。丁重に案内しろ」
馬の言葉にメイドさんは顔を青くする。当たり前だ。いきなり意味不明な女をペットの馬が連れて来たのだから。
それにしても『乙女』で通じたらしい。事前に言ってあったんだろうか。
だけど、メイドさんの顔色がおかしい。真っ青からどんどん真っ赤になっていく。
「こ、こ、こ……この……恥さらしっ!」
そしていきなり怒鳴られた。
うん。確かに他に選択肢がないからのこのこ着いて来た私も悪かったけど、諸悪の根源は、今、威張っているユニコーンのアホで私じゃなくない?
「奥様! 大変でございます! 奥様ぁ〜〜〜!」
そう言ってメイドさんは屋敷の奥に走っていった。
……今、なんか変な単語が聞こえた。
確か私の相手だという人は、『お坊ちゃま』ではなく『旦那様』だったはず。だったら家に女主人がいた場合、それは『大奥様』と呼ばれるはずではないだろうか。
もし、その旦那様が、未婚なら。
私は心底軽蔑した目で馬を睨んだ。なのに、馬は何が悪いのか分からないらしくきょとんとしている。こいつには罪悪感というものはないのだろうか。
「もしもし、ユニコーンよ、ユニコーンさんよ」
口から低い声が出る。思わず有名な童謡のメロディーで歌ってしまったけど、仕方ない。自分でもどういう気持ちか分からないんだから。実際、動揺しているんだと思う。だから、童謡を……もう自分でも何を考えてるのか分からなくなってきた。
なのに、馬はまだ何で怒られているのか分かりませんというような表情を見せている。
「どうした、乙女よ」
「……『奥様』って何?」
「ああ。今、ご主人様の番を名乗っているいけ好かない女の事か? あんな性悪女をご主人様の正式な番として認めるわけにはいかん。だから私は……」
「他の女をあてがおうとしているって?」
まだ低い声は収まらない。
ふざけんな、フザケンナ、ふ・ざ・け・る・なっ!
心の中でいろんなものが煮えたぎっている。その中にこのアホ馬を放り込んでグツグツ煮たい。ついでに『ひーっひっひ!』とか言いたい。
「何が不満なのだ、乙女よ」
「全部!」
そう言いながらもう一度馬のたてがみをひっつかむ。
「私は略奪婚なんかごめんだからねっ! この自己中馬が! 勝手に人を誘拐して一組のカップル壊そうとして! あんたは最低よ! 伝説上の生き物とかなんて知らない! あんたはただのサイテーなバカ馬よ!」
「わ、私がサイテーなバカ馬だと? このユニコーン様に何てことを言うんだ! たてがみから手を離せ!」
「全くうるさいこと。どうしてあっちもこっちも騒いでいるのかしら」
基本的には冷たく聞こえるのにどこかに甘ったるさが混じった声が聞こえて来る。それと同時に頭がどこかぼうっとし始めた。
聞こえるのはさらさらとした衣擦れの音と先ほどの声のくすくす笑い。
「そう。これがユニコーンの言う『乙女』なの」
「この女、どういたしましょうか、奥様」
「さあ、どうしようかしら。ふふふ」
くすくす声が近づいて来る。ひんやりした両手が私の頬に添えられた。
「さあ、わたくしのマナに溺れるのです」
その言葉と共に声の主の指先から甘美な何かが溢れ私のすべてを包んでゆく。
「ようこそ、異界の乙女」
その声はもう私には聞こえていなかった。
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