人の恋路を邪魔するヤツは……馬!?

ちかえ

第1話 草原

 いきなり視界が回った。でも気持ち悪いわけではない。


 どうしたんだろう、と首を振ってから最初に目に入ったのは綺麗な虹色のたてがみだった。


 驚いて後ろに向かってたたらを踏む。それでたてがみの持ち主が馬だという事が分かった。でも普通の馬じゃない。何故かその頭には削りたての鉛筆のように尖った金色の角が生えている。刺されたら痛そうだ。


 こういうのってペガサスとかいうんだっけ? でも羽がないのは不思議だ。昔に観たアニメではあったはずなのに。


 これは何なのだろう。夢でも見てるんだろうか。白昼夢だろうか。私、受験勉強のしすぎで疲れたのか?

 とりあえずパチパチと瞬きをしてみる。でも馬の姿は消えてはくれなかった。


 こんな街中で馬なんかめったに見られるものではない。道行く人もびっくりしてるだろう。そう考えてあたりを見回す。そしてまた驚く事になってしまった。


「ここ、どこやねんっ!」


 何故か関西人でもないのに関西弁が出てしまう。無理もない。さっきまでアスファルトの道を歩いてたはずなのに、いつのまにかこんな大草原に立っていたのだから

 見渡す限り草ばかりの場所だ。本当にいろんな意味でだ、なんてくだらない事を考える。


「ようこそ、乙女よ」


 前のほうから声が聞こえて来る。でも私の周りには角の生えた白い馬しかいない。

 きょろきょろとあたりを見回してみる。もしかしたら飼い主の声かもしれないし。


「どこを探してる? 目の前にいるだろう?」

「と、言っても私の目の前には馬しかいませんしねえ……」

「誰が馬だっ!」


 聞こえてきた声にやけ気味に返事をしていると、いきなり馬に体当たりをされてしまった。耳の近くで声がしたので、喋っているのはほぼ馬で確定である。


「……馬が喋った」

「馬じゃないわっ!」

「いや、あなたどっからどー見ても馬ですしっ!」

「馬ではないと言っているだろう。この角が目に入らぬとでも言うのか!」

「なんだそりゃ! あんたはどこの将軍様だっ!」

「ショウグンとは何だ! 私は立派な立派なユニコーン様だ! どうだ、まいったか、麗しき乙女よ!」

「何それ! ユニコーンって伝説の生き物だし! あ、でも褒めてくれてありがとねっ!」

「いえいえ、どういたしまして。……って何が伝説だ! 私はここに実在している!」

「夢かもしんないし!」

「何が夢だ! 先ほど私が体当たりした時は痛かっただろう!」

「痛かったけど、痛いと思う夢かもしれないし!」

「何言ってるんだ、お前!」


 何故かユニコーンと怒鳴り合う。何で私はこんな意味不明な草原で意味不明な自称ユニコーンと名乗る馬なんかとケンカなんかしてるんだろう。


 でも、このままでは話が進まない事はよくわかる。とりあえず認めてみるしかない。


「はいはいわかりましたよ、いだいなるゆにこーんさま」

「分かってくれたか! 乙女よ!」


 棒読みだったのに、ユニコーンはそれで満足してくれる。


「それで、ここはどこ? 私さ、さっきまで普通に駅前にいたはずなの。なのに、何でこんな何もない原っぱでう……ユニコーン様といっしょにいるワケ?」

「馬と言おうとしたな?」

「ごめんなさい?」


 素直に謝る。でないと話にならない。この、『自称ユニコーン』の機嫌はとっておかないと。


「それで?」

「乙女よ、我の求めに応じてくれて感謝する」


 ユニコーンはぺこりと私におじぎした。

 ちょ、ちょっと待って? それって……?


「お前のせいか〜〜〜!?」

「やだやだやだやだやめてくれ! たてがみを引っこ抜かないでくれ! こんなことして許されると思ってんのか、謝れ!」

「その前にあんたが私に誠意を込めて謝らんかい!」

「なぜ私が?」

「だって私まったくないよね? あんたがんだよね? だからあなたは私に『呼び出してごめんなさい』って謝るべきだよね?」

「いや、それは条件にだな……」

「角おるよっ!」

「げ! わ、わかった! 悪かった!」


 伝説上の生き物であるユニコーンのたてがみを引っ掴んでキレている乙女なんて世界広しとは言えど私だけかもしれない。私自身、乙女なんてガラじゃないし、外から見たら滑稽なシーンかも。当の本人がそう思うんだから、他の人が見たら『なにこれ』って思うに違いない。


 それに、私、『乙女』っていうほど美人じゃないし。いや、美女でも誘拐していいわけないよね。


 怒鳴りすぎて喉が痛い。それはユニコーンも同じだったようで、一人と一匹でぜいぜいと息を吐いている。


「つまり何? 私は何かの用があってユニコーンさんに呼ばれたって事?」

「その通りでございます」


 ユニコーンは反省しているのか、しおらしい態度で私の質問に答えてくれている。


「それで、その『用』って何?」


 私が尋ねると、ユニコーンは『よくぞ聞いてくれました!」』というようにあごを持ち上げる。この自称ユニコーン、すぐ調子に乗り始める。

 なーんかイヤな予感がする。


「ずばり、『嫁探し』だ!」

「あんたの世界で探せよーっ!」


 またもつっこむ事になってしまった。

 だってそうじゃん? おかしいじゃん? 何で別の世界の人間を『嫁探し』なんかで呼ばなきゃいけないわけ?


 でも、それで大体話はわかった。

 はぁ、とため息を吐く。


「それで? ユニコーンさんがイケメンになって私を嫁にするの?」

「いや、私は人にはならないぞ」

「え?」

「そのかわりその『イケメン』に会わせてやるぞ。それが『美男子』という意味ならば」


 マジか! そっちだったのか。


「それはどんな人?」

「私の主人だ。思いやりがあって良い方なのだ」


 良い方って言われても、私にとってはただの異世界人の男性だし、関係ない気がするけど。


「もう呼んでしまったのだから出来れば会うだけあって欲しいんだが……」


 呼んでしまったもなにも、勝手にさらったの間違いでは?


「嫌だって言ったら?」

「仕方ないな。ついて来てくれないならここに置いていくしかない」


 え? 脅迫? 私、もしかして脅迫されてる? 意味がわかんない。


 いや、誘拐犯というのはそういうものか。


 それか、私がたてがみ引っ張ったから仕返しでこんな事されてる? 攫ったのこいつなのに?


 私、こんなよく分からない場所で、これからひとりぼっち?


 なんで私、こんな目にあってるんだろう。ただ、下校してただけなのに。

 目から自然と涙が溢れてくる。


「わぁ! 泣かないでくれぇ! きっとご主人様も気に入る。良い女に恵まれなくて可哀想な方なのだ」


 ユニコーンがあわあわとしているけど、こいつは何も分かってない。問題はそこじゃない。


 だっておかしい。もし、そのイケメンさんが乙女とかいう異世界の女性を求めてるんなら、ここに、私の目の前にいなくちゃおかしいもん。

 きっと、これはこの馬——こんな酷い事するヤツはもう馬でいいと思う——の独断。


「もしあなたのご主人様が気に入らなかったら?」

「元の世界に帰ってもらうか、ここで暮らす手伝いをさせていただきます」


 それならよかった。いや、良くないか。


「では、来なさい、乙女よ」

「乙女って呼ぶのやめて。私は如月萌絵っていう名前があるんだけど」

「乙女を乙女と言って何が悪い」


 調子づいた馬は、また偉そうな口調に戻っている。しかも名前で呼ぶのまで却下された。

 ムカつくけど、着いて行かないとこんな大草原に置き去りである。


 どうしてこんな事になったのかと、私はそっとため息をついた。

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2024年11月30日 18:05
2024年12月1日 18:05
2024年12月2日 18:05

人の恋路を邪魔するヤツは……馬!? ちかえ @ChikaeK

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