Track.20 花火の音に隠した言葉
Voice.39 少しだけ……2人っきりになってもいい?
夏祭りの会場の中は、数えきれないほどの屋台が並んでいて、たくさんの人でにぎわっている。
そんな中をみんなで歩きながら、明石が言った。
「ねえ、じゃんけんで勝った人が屋台の食べもののお金全部払うっていうのはどう?」
「いいね。人数多ければ多いほど盛り上がるやつ」
メガネが明石の提案にのって、みんなで輪になってじゃんけんをすることにした。
「いくよー!」
明石の合図で、みんながいっせいに手を出す。
「じゃんけん……ぽん!」
そして、その結果――。
「まさかオレが負けるなんて……」
メガネがじゃんけんに勝って、全員の食事代を出すことになった。
「じゃあ目崎くん、よろしくー」
「わかったよ。みんなの食べもの買ってくるよ」
メガネが口をとがらせながらそう言って、全員分の食べものを買ってくる。
みんなでそれを食べて、女子は食べものを分け合いながら楽しそうにしていた。
「あ、私そろそろ特設ステージのほう行って準備しないと」
しばらくした後、音海がスマートフォンを見て言う。
「歌織ちゃん何か出るの?」
篠原が聞くと、音海は言った。
「私は出るつもりなかったんだけど、高橋が勝手にバンドで夏祭りのステージに参加登録しててさ」
「高橋くんらしいね」
「そう。しかたないから今からバンドのボーカルとしてステージ出てくる」
「じゃあ、私達も客席で応援するよ」
「ありがとう」
そして、高橋のバンドのボーカルとしてステージに出る音海を見る。
それから、ゲームの屋台が並んでいる場所にみんなで行くことにした。
くじを引く屋台に行くと、最新のスマートフォンやゲーム機などが景品で並んでいた。
「オタク、試しに1回引いてみてよ」
「1回だけな」
メガネに言われて、オレはくじ引きを引くことにした。
店員にお金を払ってから、取っ手を回すタイプの抽選機の取っ手を掴んで、ゆっくりと時計回りに回す。
すると、金色に光る抽選玉が音をたてて出てきた。
「金賞大当たりー!」
店員がハンドベルを鳴らして、大きな声で叫ぶ。
「金賞……」
その言葉に、オレは1年前の中学3年生の時のことを思い出した。
「金賞は旅行券でーす!」
店員がそう言って、オレに旅行券を手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「いやー、まさか1回で金賞当てるとはね。おめでとう」
メガネが言った。
「オタクすげー!」
「ちょうど合宿先で旅行券使えるな」
文豪が嬉しそうに言う。
「どういたしまして」
すると、篠原がスマートフォンを見ながら言った。
「あ、そろそろ7時だから花火始まるね」
それを聞いて、笹山が提案する。
「じゃあ、みんなで花火の見える場所に移動しようか」
「はいはい! 私花火がよく見える場所知ってる!」
明石が勢いよく手をあげた。
それから、みんなで花火の見える場所に向かって歩き出す。
そして、オレもみんなと一緒に歩き出そうとした時。
「
聞き覚えのある名前が聞こえた。
「え?」
その名前にオレは思わず振り向く。
そして、声のしたほうを見た。
人混みの中に、名前を呼んだ女性が走っていくのが見える。
そして、その先に居たのは――。
オレが知らない女性だった。
そのことに、オレは胸を撫でおろす。
そうだ。
こんなところに居るわけない。
でも、もしこの中に居たら――。
そう思ったとたん、胸がざわめいて、心臓の音が大きく鈍く鳴り響いた。
何もしていないのに、だんだんと呼吸が速くなっていく。
今日はあんまり水を飲んでいなかったせいか、喉がかわいてきた。
「瀬尾」
突然声をかけられて振り向く。
声をかけてきたのは、木暮だった。
「……どうかした?」
木暮はそう言って、オレの目を見る。
オレは、うつむいて言った。
「な、なんでもない」
「そっか」
「ごめん。オレ喉かわいたから、あっちの自動販売機で何か買ってくる」
みんなにそう言って、自動販売機のほうに行く。
それからサイダーを買って、少し飲んでからみんなのところに戻った。
けれど、みんなの姿は人混みの中にまぎれて、どこに居るかわからない。
どうやら、みんなとはぐれたみたいだ。
「たしかみんなこのあたりに居たはずだけど――」
「瀬尾くん」
名前を呼ばれて振り向くと、浴衣姿の笹山が居た。
笹山の浴衣は水色を基調とした、花が描かれた浴衣だ。
青みがかった黒色のセミロングの髪は、後ろでハーフアップにまとめられている。
笹山はオレを見つけると、嬉しそうな表情をした。
「笹山」
「いつのまにかみんなとはぐれちゃって。もしかして瀬尾くんも?」
「同じ。自動販売機でサイダー買ってたらはぐれた」
「とりあえず、グループラインでみんながどこに居るか聞いてみようか」
「そうだな」
そして、笹山がゲーム制作部のグループラインにラインを送る。
返信を見ると、みんなが居る場所はオレ達が居る場所からかなり離れていた。
「ここからけっこう距離あるな」
「そうだね。戻ってるあいだに私達がはぐれるといけないし……」
笹山は考え込んでから、何かを思いついたような表情をする。
「瀬尾くん」
「何?」
すると、笹山はオレの服の裾を引っ張りながらこう言った。
「少しだけ……2人っきりになってもいい?」
そして、オレは笹山と2人で歩く。
オレ達が来た場所は、人が少ない河川敷だった。
「急にあらたまって話すから何かと思ったら、花火が見たいって言われるとは思わなかった」
「私、友達と一緒に花火見たことなかったから見てみたくて。ここなら見晴らしいいから花火見えるかもって思ったんだ」
「たしかによく見えそうだな」
「そうでしょ。ほら、もうすぐ花火始まるよ」
そう言うと、笹山はオレの手をひいて前に行く。
「さ、笹山!?」
いきなりのことに驚いて、思わず目をみはった。
しばらくすると花火が打ち上がって、赤色や青色、黄色などの色とりどりの花火が夜空を彩る。
オレ達が居る場所は、前にさえぎるものがないからよく見えた。
笹山が声をあげる。
「すごく綺麗」
「そうだな」
「綺麗すぎて、ちょっとみんなにはこの場所教えたくないかも」
「笹山がそこまで言うなんてめずらしいな」
「そうだね。でも、花火だけじゃなくて――」
そう言うと、笹山はオレを見つめて黙り込む。
その瞬間、空に花火が打ち上がった。
丸い赤色の花火が開いて、大きな音が鳴り響く。
すると、笹山はオレの耳もとで囁いた。
「月が綺麗だなって思って」
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