Voice.38 もしかして、あったら嫌なの?
メイトカフェを出たオレ達は、篠原が観たいと言っていた柚木真奈さんが出演する舞台の昼公演を観るために、池袋の劇場に向かった。
劇場のスタッフにチケットを出してから中に入り、チケットに書いてある指定席に篠原と2人で並んで座る。
すると、オレの隣に人がやってきた。
その姿を見て、オレは思わず目をみはる。
「え?」
そこに居たのは、舞台のチケットと公演プログラムの紙を持った笹山だった。
笹山も驚いた顔をしている。
「なんでここに瀬尾くんと篠原さんが居るの?」
笹山に聞かれて、オレはとっさにごまかした。
「あ、あー……えーっと……オレが柚木真奈さんが出てるこの舞台観たいって篠原を誘ったんだ」
「そっか」
オレの言葉に、笹山は納得したように返す。
なんとかごまかせたみたいで、オレと篠原は息をついた。
「笹山は?」
「私はこの舞台にお母さん出てるから観にきたんだ」
劇場のロビーで配られた公演プログラムに書いてあるキャスト欄を見ると、たしかに『竹野美桜』の名前がある。
「笹山のお母さんは真奈さんの母親役か」
「うん。そうなんだ」
すると、劇場の照明が落とされて、舞台が始まった。
オレ達が観ている舞台は、20歳の男女の恋愛ものだ。
柚木真奈さんが演じる主人公の歌手を夢見る女性はある日、同い年のヒーローの男性に恋をする。
だんだんと距離が近づいていく2人だったけれど、恋のライバルの女性の登場やすれ違いが重なって、2人は離ればなれになってしまう。
そこで、真奈さんが照らされ、ヒーローと離ればなれになった悲しみを癒すために真奈さんが歌い出した。
伴奏がないアカペラなのに、真奈さんは少しも音程をはずしていない。
真奈さんが歌い終わると、会場に拍手が起こった。
しばらくして、物語の展開はラストシーンになった。
離ればなれになったヒーローが主人公のもとに帰ってきて、真奈さんは涙を流す。
そして、真奈さんはヒーローの胸に飛び込んで、見つめ合った。
あれ、この後ってもしかして……。
オレがそう思っていると、舞台上の2人の距離がだんだんと近づいていく。
そして――。
「舞台すっごくよかったね!」
篠原は嬉しそうに笑顔で言う。
「そ、そうだな」
その笑顔に、オレは言葉を詰まらせながら返した。
――舞台の昼公演の終演後。
オレと篠原と笹山は、ロビーで舞台のパンフレットを買っていた。
篠原は真奈さんを初めて見たような言い方で続ける。
「柚木真奈さんの演技と歌もよかったけど、特にラストシーンで感動して泣いちゃった。最後の2人がお互いを抱き締め合うシーン、すっごくよかったよね!」
「わかるわかる。キュンキュンした」
笹山がうなずく。
すると、篠原がバッグの中身を確認して言った。
「あ、ごめん。私ホールに忘れものしたみたいだから取ってくるね」
「わかった。じゃあ笹山とここで待ってる」
そして、篠原が劇場の中に戻って、オレは笹山と2人きりになる。
オレはロビーにある椅子に座って、さっき買ったパンフレットをめくった。
真奈さんのキスシーンがなくてよかった。
舞台のラストシーンを思い出して、オレは息をつく。
「なんか喉かわいたな」
「はい」
すると、笹山は自分のバッグからサイダーのペットボトルを差し出した。
「私がさっき買ったやつ飲んでいいよ。まだ飲んでないから」
「ありがとう」
オレはそれを受け取って、キャップを開けて口をつける。
「笹山」
「何?」
「ちょっと疑問に思っただけなんだけどさ」
「うん」
「高校でやってる劇ってその……恋愛のシーンあったりするのか?」
「恋愛のシーンって?」
「そ、その……今日観た舞台にはなかったけど……」
すると、笹山はオレがなんでそう聞いたのかがわかったらしく、笑って言った。
「さすがに高校の劇では恋愛のシーンはないよ」
「そ、そっか」
笹山にそう言われて、オレは安心する。
「もしかして、あったら嫌なの?」
笹山はそう言って、オレの顔を覗き込んだ。
思わず見つめ合う流れになって、オレは目をそらす。
「い、今聞いたことは忘れて」
「わかったよ。……あ」
すると、笹山がバッグからペットボトルを見つけて取り出した。
「瀬尾くんごめん」
「何?」
オレが聞くと、笹山は顔を赤らめる。
それから、消え入りそうな声で言った。
「渡すの間違えてたみたい。それ私が飲んだやつだった」
「え!?」
オレは思わず声をあげる。
笹山は、照れたように笑った。
――それから、8月に入って最初の土曜日。
オレは、近くの神社でおこなわれている夏祭りに来ていた。
メガネと文豪と一緒に、待ち合わせ場所で女子達を待つ。
待ち合わせの時間は5時で、スマートフォンで時間を確認すると、今はまだ4時50分だった。
メガネが言う。
「女子のみんな浴衣着てきてくれるかなー」
「夏祭りの定番だから着てくるんじゃないか?」
文豪が言うと、浴衣を着た女子達がオレ達のほうに歩いてくるのが見えた。
篠原が先頭で、音海、笹山、明石、木暮の5人が居る。
「おまたせ」
篠原がそう言うと、メガネが嬉しそうに声をあげた。
「みんなすごく浴衣似合ってるよ!」
「そう? ならよかった」
そう言って笑っている篠原を、オレは横目で見る。
篠原は、桜の花びらの柄が入ったピンク色の浴衣を着ていて、普段はおろしたままの黒色のロングの髪をポニーテールにしている。
それと、少しメイクをして、唇がリップグロスでピンク色に色づいていて――。
そう思ったとたん、このあいだオレの家であったことを思い出して、急に顔が熱くなった。
「オタク、なんか顔赤くね?」
文豪が聞いてくる。
「あー、暑いからだよ。たぶん」
本当は文豪がリテイク出したゲームのCGのせい、とは言えない。
そして、オレ達は夏祭りの会場に入った。
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