Track.19 恋の駆け引き
Voice.37 一口味見したいな
「拓夜ー。このあいだかした漫画返してー」
その時、誰かがオレの部屋のドアをノックする音が聞こえた。
その音で、オレは我に返る。
ドアの向こうから聞こえたのは、姉ちゃんの声だ。
「し、篠原、ちょっとごめん」
「う、うん」
オレは本棚から姉ちゃんにかりた漫画を取って、部屋のドアを開ける。
そこには、姉ちゃんが立っていた。
「はい」
かりた漫画を手渡す。
すると、姉ちゃんはからかうように言った。
「朝陽ちゃんとイチャイチャするのはいいけど、ほどほどにねー」
「イチャイチャなんてしてないし。篠原来てるんだから早く自分の部屋戻って」
「はいはい。邪魔者は消えますよー」
そして、姉ちゃんは自分の部屋に戻っていく。
オレはため息をついて、部屋のドアを閉めた。
「待たせてごめん」
「いいよいいよ。気にしないで」
オレは篠原と向かい合って座る。
すると、篠原が口を開いた。
「それで……えーっと……どうだった? ゲームのCG描く時の参考になりそう?」
聞き方こそ普段と変わらないけれど、篠原はうつむいたままで、オレと目が合わない。
その時、さっきの篠原との距離を思い出して、顔が熱くなった。
「う、うん。いいイラストが描けると思う」
「そ、そっか。ならよかった」
すると、篠原は思い出したように声をあげる。
「……じゃ、じゃあ私、そろそろ家帰るね!」
そう言って、バッグに自分の荷物を入れてから、オレの部屋のドアの前まで行った。
オレは顔をあげて、口を開く。
「その、今日はありがとう」
篠原は振り返ってオレのほうを見てから、笑った。
「どういたしまして。おやすみ!」
そして、篠原はドアを開けてオレの部屋を出る。
それから、自分の家に帰っていった。
1人になって、オレはため息をつく。
そして、そのまま床に倒れ込んだ。
天井を見つめながら、さっきの篠原とのことを思い出す。
わかってる。
あれは篠原がオレのためにした演技だって。
でも、もし。
もし、あのまま誰も来なかったらオレは、ゲームのストーリーと同じように篠原とキスをしていた。
そしたらオレは、篠原が演技してることなんて忘れて、篠原を抱き締めてベッドに押し倒して――。
そうなったら、オレと篠原は――。
「……どうなってたんだろう」
かすかに自分の唇に触れた篠原の吐息は、時間がたってもはっきりしていて、しばらく忘れられそうになかった。
――それから1週間後の、7月下旬。
オレと篠原は、10時少し前に池袋のメイトカフェに来ていた。
目の前には、柚木真奈さんが出演しているアニメのキービジュアルのイラストを使った看板がある。
「私、コラボカフェ行くの初めてだから、今日すごく楽しみだったんだ」
「オレもコラボカフェ初めて来た」
「目崎くんと文谷くんと3人で来たことないの?」
「さすがに男3人でコラボカフェ行こうっていう話にはならないからさ」
「そうなんだ」
すると、店員がメイトカフェから出てきて言った。
「まもなく10時になりましたらメイトカフェ池袋店開店いたします。コラボカフェをご利用の方は座席抽選の当選メールと身分証を用意してからスタッフの指示に従って並んでください」
店員に言われたとおりに2人でスマートフォンで当選メールを表示してから、学生証を用意する。
前に並んでいる人たちはなぜかカップルらしき人達ばかりだった。
10時になり順番が来て、篠原と一緒に店の中に入る。
店内には、アニメのキャラクターのスタンディーが並んでいて、真ん中には4人がけと2人がけのテーブル席があり、その端にはコラボグッズ売り場もあった。
店員に2人がけの座席に案内されて、篠原と2人で向かい合って座る。
すると、店員が前に立って言った。
「それではこれから2時間ご注文をお受けいたします。ご注文の際はテーブルにあるボタンでお呼びください」
オレは机の上にあるメニューを取って開く。
コラボカフェのメニューは、アニメに出てきた料理を再現したものから、キャラクターのイメージの料理や飲みものまで、いろいろなものがあった。
「たっくん何にする?」
「オレは真奈さんのキャラのカレーと主人公のキャラのドリンク」
「私も同じカレーと真奈ちゃんのキャラのドリンクと……あとこれ」
そう言って篠原が指をさしたのは、アニメで主人公のヒーローと柚木真奈さんが演じたヒロインが食べていたデザートのケーキだった。
これってたしか……アニメで柚木真奈さんのヒロインが主人公のために作った、手作りの生クリームの誕生日ケーキだ。
「2人で食べたいなーって思ったんだけど……どうかな?」
篠原は首をかしげて聞いてくる。
そうだった。
アニメだとこの2人は――。
思い出して、辺りを見回す。
周りのカップルらしき人達は、みんなこのデザートを頼んでいた。
アニメだとこの2人は――つき合ってたんだった。
このメニュー目当てのカップルが多かったんだ。
オレはうつむいて、言った。
「し、篠原がいいなら……いいよ」
「じゃあ頼むね」
篠原はそう言って、注文ボタンを押す。
そして、オレ達は食べたいものを注文した。
しばらくして、篠原と一緒にコラボグッズ売り場のグッズを見ながら待っていると、料理と飲みものが運ばれてくる。
カレー2皿とそれぞれの飲みものが置かれて、オレ達は思わず声をあげた。
「アニメと同じだ……!」
カレーの色、具材、盛りつけ、何もかもアニメそのままのカレーだ。
篠原はすぐにバッグからスマートフォンを出して写真を撮る。
「すごいね。本当にアニメで見たカレーが出てくるとは思ってなかった」
「オレも同じこと思った。めちゃくちゃうまそう」
そして、一緒にカレーをスプーンで一口すくって食べた。
「おいしい!」
思わず声がそろう。
辛いけれど、中辛の辛さだから充分食べられるし、スパイスが効いていておいしい。
カレーを食べた後にオレが飲んだ主人公のイメージの飲みものはコーラとグレープジュースを混ぜて飲むタイプだった。
すると、篠原がオレの飲みものを見つめながら口を開く。
「そっちのドリンクもおいしそうだね」
「うん。篠原のドリンクはブルーハワイソーダだっけ?」
「そうだよ。けっこう甘いやつ」
「へー」
オレが相槌を打つと、篠原がストローから口を離して言った。
「一口味見したいな」
「え!?」
「ダメ?」
首をかしげながら聞かれて、オレはしばらく考える。
「……いいよ」
そう言って、自分の飲んでいるグラスを篠原に向けて差し出した。
「ありがとう」
篠原はグラスを取って、ストローに口をつける。
そして、オレの飲んだ飲みものを飲んで口を離してから、言った。
「主人公のドリンクもおいしいね!」
「……ならよかった」
「あ、私が頼んだ真奈ちゃんのキャラのドリンクも飲む?」
「気持ちは嬉しいけどやめとく」
それから、篠原が頼んだデザートのケーキが来て2人で食べたけれど、篠原を意識しすぎて全然味がわからなかった。
そして、コラボカフェのメニューを頼むとついてくるコースターを交換したり、コラボカフェのグッズを買ったりする。
メイトカフェを出たオレ達は、篠原が観たいと言っていた柚木真奈さんが出演する舞台の昼公演を観るために、池袋の劇場に向かった。
劇場のスタッフにチケットを出してから中に入り、チケットに書いてある指定席に篠原と2人で並んで座る。
すると、オレの隣に人がやってきた。
その姿を見て、オレは思わず目をみはる。
「え?」
そこに居たのは、舞台のチケットと公演プログラムの紙を持った笹山だった。
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