Voice.36 このシーン、ちょっとやってみてもいいかな?

 ――篠原と電話した日から数日たった、蝉の鳴き声が響く朝。

 オレはカーテンの隙間から射す夏の日射しで目を覚ました。

 スマートフォンで日づけを確認して、思わず目をみはる。

 今日は篠原と笹山が演劇部の夏合宿から帰ってくる日だ。

 朝ごはんを食べて、自分の部屋に戻ってから私服に着替える。

 すると、スマートフォンの通知音が鳴った。

 見ると、篠原からのラインだった。

「おはよう」と文字が書かれた白猫のスタンプの後、こう書かれている。


「今日の夕方くらいにそっちに帰れるんだけど、会えるかな?」


 いつも思うけど、篠原はストレートすぎると思う。

 こんなライン送られたらちょっと期待しそうになる。

 平然を装って返事を書いてラインを送信すると、すぐに返信が来た。


「じゃあ今日の夜たっくんの家に行くね」


 そして、オレはメガネと文豪と3人でゲーム制作の打ち合わせをするために、メガネの家に行く。

 お菓子を食べながら、オレは持ってきた液タブで、前に描いたCGのラフ画を文豪に見せる。


「どうだ?」

「うーん……」


 文豪はCGのラフ画を観て、考えるような仕草をする。

 しばらくして、口を開いた。


「もうちょっと主人公とヒロインの距離を近くして、CGとして見た時にプレイヤーがドキッとするようにしてほしい」


 ラフ画のままでもけっこう主人公とヒロインの距離は近いんだけど、もっと近くするのか。

 そんな距離で人と話したことないから、なかなかうまく想像できない。

 オレは少し考えて、言った。


「メガネ、文豪、ちょっとCGのラフ修正する時間もらっていいか?」


 オレの言葉に、メガネと文豪はポテトチップスを食べながら答える。


「いいぞー。まだ時間たくさんあるから」

「わかった。ゆっくり考えてくれ」

「ありがとう」


 そして、家に帰って夜ごはんを食べてからCGのイラストどうするか考えていると、家のインターフォンが鳴る音が聞こえた。

 玄関に行ってドアを開けて、篠原を自分の部屋に入れる。


「はい。これ、合宿先で買ったおみやげ」


 篠原は笑顔でそう言うと、箱に入ったご当地限定の味のお菓子を出した。


「ありがとう」


 オレはそれを受け取る。

 夏休みに入ってひさしぶりに会った篠原は、パステルピンク色の半袖のワンピースを着ていた。


「そういえば、ゲーム制作は順調なの?」

「うん。篠原と笹山が居ないあいだにも作業してたから」

「そっか」


 そして、オレは液タブで篠原にこのあいだ描いたCGのラフ画を見せる。


「台本のこのシーンのCGのラフ画描いてたんだ」

「あ、私のキャラの見せ場のシーン」

「そう。でも文豪にチェックしてもらったら、『もうちょっと主人公とヒロインの距離を近くして、CGとして見た時にプレイヤーがドキッとするようにしてほしい』って言われて、どんな感じかわからなくて悩んでてさ」


 オレがそう言うと、篠原がCGのラフ画と台本を見くらべて言った。


「ねえ、このシーン、ちょっとやってみてもいいかな?」

「いいけど」


 すると、篠原は立ち上がって台本を開いてから、演技を始めた。

 このゲームは、主人公と2人の姉妹のヒロインが学校の誰も知らない植物園で出会って始まる三角関係の恋愛もので、笹山が姉妹の姉、篠原が姉妹の妹を演じる。

 篠原が演じてくれるシーンは、主人公が植物園で姉妹の姉に告白されて、主人公の答えを聞かないまま姉が教室に戻ってしまい、戸惑っていたところで姉妹の妹が植物園にやってきて主人公と話をする、というシーンだ。

 オレも台本を読む。


「……さっき、お姉さまとここで話をしていましたよね?」

「ああ」

「2人きりで何を話していたんですか?」

「そ、それは――」

「……お姉さまに告白されていたんでしょう?」

「なんでわかっ――」

「雰囲気でわかります」

「……ごめん。でも、秘密にしようとしたわけじゃないんだ」

「そうですね。あなたは悪くないです。でも――」


 そして、篠原はオレをまっすぐ見て、言った。


「でも……どうして私の気持ちに気づいてくれないんですか……!?」


 その表情を見た瞬間。

 胸の鼓動が高鳴って、オレは篠原から目が離せなくなった。

 オレは、この先のゲームの話の展開がどうなるのかを知っている。

 それは、篠原も同じだ。

 だから、このままだとヤバい。

 そう思っているのに、篠原の演技に惹き寄せられる。

 篠原は床に座り込んで、オレの服を掴んで近づいた。 

 泣きそうな表情で潤んだ瞳が、オレを見つめる。

 その視線に身体が熱くなって、胸の鼓動が速くなっていく。

 床に置いたままのオレの手に、篠原が手を重ねた。

 オレの手も、篠原の手も熱くなっている。

 篠原の身体から、石鹸の香りがした。

 唇はリップグロスでピンク色に色づいて、艶めいている。

 オレの唇に、篠原の吐息がかかった。

 そして、どちらからともなくオレと篠原の距離が近づいて――。

 その時。

 ゲームのCGの背景に描いた花の花言葉を思い出した。

 背景に描いた花の名前はリナリア。

 その、紫色の花の花言葉は――。

 ――『この恋に気づいて』。

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