Track.18 やがて夏が始まって

Voice.35 気になって電話かけちゃった

 ――そして、土曜日。

 オレ達は音楽室の前に居た。


「おーい!」


 高橋がオレ達に気がついて駆け寄ってくる。


「まさか本当にバンドの練習見に来てくれるとは思わなかったよ」


 音海が言った。


「今日はよろしく」

「よろしくー」


 高橋はあいかわらず軽い調子で返す。

 そして、オレ達は音楽室の中に入った。

 軽音楽部のみんながオレ達が座る椅子を用意してくれていたので、そこに座る。

 高橋はギター&ボーカルで、サイドギター、キーボード、ベース、ドラムの5人組のバンドだった。

 高橋がスタンドマイクのスイッチを入れて話す。


「同じ高校の人達にライブするっていうのはなかなかないんですが、頑張ります! それでは聴いてください」


 そして、高橋達はカバー2曲とオリジナル曲1曲を披露した。


「どうだった?」


 バンドの演奏を終えて、高橋がオレ達に聞いた。


「どうだった?」


 篠原が声をあげる。


「すっごくよかったよ!」

「ああ。音楽苦手なオレでも演奏上手いってわかった」


 篠原の言葉に、オレもうなずく。

 メガネが言った。


「オレはめちゃくちゃかっこいいって思った」

「オレは歌詞がいいと思ったぞ」


 文豪が言う。


「私は歌の感情の込め方がいいと思ったな」


 笹山が言った。

 高橋は音海を見て、問いかける。


「音海さんは?」


 すると、音海はしばらくしてから、言った。


「私も高橋のバンドの演奏はいいと思ったよ」

「マジで!?」


 音海はうなずく。


「演奏は上手くてちゃんとみんなそろってるし、歌も上手い」


 それから、言った。


「それで、私は高橋のバンドがどんなバンドか知りたい。どういう経緯で結成して、どういう音楽が作りたいのか」


 音海がそう言うと、高橋は小さく吹き出した。


「それ語り出すとめちゃくちゃ時間かかるけどいい?」

「いいよ。私も歌について語ること山ほどあるから」


 そして、音海と高橋とバンドメンバーは、音楽について話す約束をする。

 それを見た篠原が言った。


「なんか歌織ちゃんと高橋くん、意外と話合いそうだね」

「そうだな」


 ――そして、7月の1学期最後の日。

 体育館で1学期の終業式がおこなわれた。

 その後、教室に戻って、ホームルームで通知表が渡される。

 期末テストを頑張ったおかげで、オレの成績は想像していたよりよかった。

 そして、担任の先生が口を開く。


「次は夏休みの宿題配るぞー」


 夏休みの宿題が机の上に山のように積まれて、オレはため息をついた。

 担任の先生が教卓に立って言う。


「えー、みんなはこれから1か月ちょっとの長い夏休みに入りますが、くれぐれもハメをはずしすぎないように。夏休み明けに元気な姿で会えることを願っています」


 すると、学校のチャイムが鳴った。


「じゃあ、これでホームルームを終わりにします」


 そして、1学期が終わった。

 夏休みに入ってしばらくしてから、篠原と笹山は3泊4日で演劇部の夏合宿に出かけた。

 だけど、2人が居ないあいだにも、ゲーム制作部はやることがたくさんある。

 オレは、文豪がくれたゲームのCGのイメージをもとにラフ画を描こうとしていた。

指示された背景の花は、初めて見る名前だった。


「この花の名前知らないな」


 パソコンでブラウザを開いてから、花の名前を検索する。

 すると、花について詳しく書いてあるサイトが一番上に表示されて、マウスでそのサイトのリンクをクリックすると、花の名前と画像が表示された。

 スクロールして花の情報を見ていくと、花の色別に花言葉があるらしい。

 文豪の花の色の指定は紫色だから、その花言葉を見る。

 そして、オレは文豪の脚本を読み直した。

 よく読んでみると、文豪が花言葉の意味も踏まえて色を指定しているのがわかる。

 それに、今オレが描こうとしているCGはゲームのストーリーで大切なシーンだ。

 文豪がこのCGのシーンに力を入れて書いているなら、オレも気合いを入れて描かなきゃいけない。


「……よし」


 オレは液タブを起動して、ゲームのCGのラフ画を描き始めた。

 それから、なんとか描き終わって、文豪にデータを送信する。


「まあこれで一段落だな」


 椅子にもたれかかって息をつく頃には、外はもう真っ暗になっていた。

 ふと、篠原のことを思い出す。

 机に置いたスマートフォンを手にとってSNSを見てみると、ちょうど篠原がさっき夏合宿で食べた夜ごはんの写真をあげていた。

 写真のごはんはすごくおいしそうだ。

 篠原、元気にしてるかな。

 電話苦手だけどちょっと電話してみようか――いや、さすがに心配しすぎかな。

 すると、スマートフォンの着信音が鳴った。

 あわてて操作して、電話に出る。


「もしもし」

「あ、たっくん。今電話大丈夫?」


 電話越しに篠原の声が聞こえた。


「オレは大丈夫。篠原こそどうかしたのか?」

「実は、たっくんがどうしてるかなーって気になって電話かけちゃった」


 篠原の言葉に、オレの胸の鼓動が高鳴る。

 どうしよう。

 オレ、今めちゃくちゃ嬉しい。


「そっか。オレは今家でゲームのCGのラフ画描き終わったところ。篠原は?」

「私はさっきみんなと一緒に夜ごはん食べて今自由時間」

「演劇部の合宿って、やっぱり練習厳しいのか?」

「そうだよー。合宿になると先生厳しすぎて怖いくらいだもん」

「へー」

「今日なんてまだ夏合宿1日目なのに、できてないところ何度も何度もやって大変だったんだから」

「それは疲れるな」

「そうなの。それでね、私、感情を思いっきり表に出す演技が苦手でなかなかうまくできなくて、ちょっと煮詰まっちゃって」

「そうだったのか」

「あ、でも心配しないで。この夏合宿でもっと演技上手くなって、ちゃんとレベルアップしておくから」

「わかった。でも、無理はするなよ」

「うん!」


 それからしばらく話した後、オレと篠原は電話を切った。

 そして、オレはベッドに寝転ぶ。

 ひさびさに篠原の声が聴けて、すごく嬉しい。

 でも――。

 だから、かもしれない。


「……早く帰ってきてほしいな」


 そんな言葉を呟いて、オレは眠りについた。

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