Stage.5 演技と本音の境界線

Track.17 七夕ライブ

Voice.33 初めてのたまアリだー!

 ――7月7日。

 柚木真奈さんのライブツアーファイナルの埼玉公演2日目の開催日。


「えーっと、ライブのチケットとファンクラブの会員証、それとスマホと財布に水筒とペンライトの予備の電池……これがあれば大丈夫だな」


 オレは自分の部屋で、今日のライブに必要な持ちものをバッグに入れながら確認する。

 今日はオレと篠原と篠原のお兄さんで、柚木真奈さんのライブに行く日だ。

 すると、家のインターフォンが鳴る音が聞こえた。


「拓夜ー。朝陽ちゃん来たわよー」


 母さんの声が玄関から聞こえる。

 バッグを持って玄関に行くと、柚木真奈さんのライブTシャツを着た篠原が立っていた。


「おはよう。たっくん」


 いままで篠原にニックネームで呼ばれて「おはよう」なんて言われたことないから嬉しい。


「お、おはよう。篠原」

「たっくんはもうライブ行く支度できてるの?」

「ちょうど今終わったところ」

「そっか。じゃあ2人で一緒に行こう」

「あれ? 篠原のお兄さんは一緒じゃないのか?」

「お兄ちゃんは『先に会場行ってライブのグッズ買っとく』って」

「そっか」


 そして、東京から電車に乗って30分後。

 さいたまスーパーアリーナに着いた。


「初めてのたまアリだー!」


 篠原は建物を見て目を輝かせる。


「オレは真奈さんのライブで何度か来たことある」

「テレビでは観たことあるけど、本当に会場大きいんだね。そうだ、お兄ちゃん探さないと」


 そう言うと、辺りを見まわした。


「さっき『ライブグッズ買い終わった』ってメッセージが来たんだけど……あ、居た!」


 篠原が声をあげて、篠原のお兄さんのほうに駆け寄るのを、後ろからついていく。

 篠原のお兄さんも、篠原に気がついて手を振った。

 そして、オレ達にグッズ売場で買ってくれたライブグッズを渡す。


「2人のぶんのライブグッズも買っておいたぞ」

「ありがとうお兄ちゃん。……ってレシート長くない!?」

「俺は大人だから全部自分のお金で買えるんだ」


 篠原のお兄さんはそう言って、ものすごく長いレシートを見せながら得意げに笑う。

 いいなー大人買い。

 オレは篠原のお兄さんがうらやましい。

 そして、3人で一緒にさいたまスーパーアリーナの近くのショッピングモールでお昼ごはんを食べることにした。

 カレーを食べながら、篠原のお兄さんがため息をつく。


「真宵ちゃんとも一緒に行きたかったなー。誘ったんだけどモデルの仕事あるからって断られてさ」

「そ、そうだったんですね」


 実は姉ちゃんは真奈さんの友達だから、関係者として今日ここに来ていることをオレは知っているけれど、それは篠原達には言えない。

 篠原のお兄さんはオレの姉ちゃんが好きらしく、ことあるごとに姉ちゃんにアプローチをかけている。

 でも、姉ちゃんにはあんまり相手にされていないらしい。

 お昼ごはんを食べ終わる頃には開場時間になって、オレ達はライブ会場に入った。

 オレと篠原は2連番で隣同士だ。

 篠原のお兄さんは男友達と2連番だと言っていた。

 開演時間になって、会場の照明が消えて真っ暗になる。

 オレと篠原はペンライトの色を青色に変えて準備をした。

 会場のみんなのペンライトの色もいっせいに青色に変わる。

 すると、真奈さんの歌う声が聴こえた。

 歌い終わった後、青色の照明がステージを照らす。

 ステージの階段の上に、真奈さんが立っていた。


「柚木真奈です! さいたまスーパーアリーナ2日目のツアーファイナル! 今日も盛り上がっていくよ!」


 そんな真奈さんの声で、ライブが始まった。

 最初はみんなを盛り上げるアップテンポの曲を何曲か歌って、MCをはさんでバラード曲、ダンサーと一緒に踊るダンス曲を歌う。

 それから、曲が終わってライブの中盤のMCで、真奈さんが言った。


「実はここで嬉しいお知らせがあります!」


 会場に居るみんながざわめく。

 そのざわめきに、真奈さんは嬉しそうに笑った。


「柚木真奈」


 その声に、会場のみんなが息をのんで静まり返る。


「今年の9月7日に……」


 そして、真奈さんは大きな声で言った。


「初の写真集の発売が決定しましたー!」

「やったー!」


 写真集という言葉におもに男子が声をあげる。

 みんな正直すぎるだろ。

 真奈さんはみんなの反応に照れたように笑ってから、写真集の話をした。


「今回の写真集は、私1人で撮影したり、私の高校時代からの大切な親友と初めて一緒にお仕事ができることになって、2人で一緒に撮影したりしました!」


 姉ちゃんのことだ。

 真奈さんは続けた。


「その親友との撮影がすっごく楽しくてね、カメラマンさんにお願いして撮影時間ちょっとだけのばしてもらったから、いい写真が撮れてると思います。そういえば、今日その親友がこのライブに来てるって本番前に本人からメッセージもらったんだけど……どこに居るー? 関係者席かなー?」


 すると、真奈さんは関係者席に居る姉ちゃんを見つけたらしく、大きく手を振る。


「あ、居た居た! ライブ楽しんでるー?」


 姉ちゃんは、真奈さんの呼びかけに両手で大きく丸を作ったらしい。


「楽しんでるそうでーす! じゃあここからはライブの後半戦! 次の曲行きます!」


 真奈さんがそう言うと、4月に新しく出したアルバムのリード曲のイントロが流れた。

 真奈さんは変わらずに楽しそうに歌う。

 しばらくして、ライブがアンコールのパートになった時。

 アリーナの天井に星空が浮かびあがった。

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