Track.14 すれ違いの過去
Voice.27 お腹空いてない?
――演劇部のオーディション当日。
学校の授業が終わった放課後、オレは部活に行く準備をする篠原に話しかけた。
「篠原、頑張れよ」
「うん。あれだけ練習につき合ってもらったからには、いい結果出せるように頑張るよ」
「公開オーディションだったら応援に行けたんだけどな」
オレがそう言うと、篠原は嬉しそうに言った。
「じゃあ、ちょっとこっち来て」
「ああ」
そして、オレと篠原は人が居ない階段の踊り場に行く。
篠原は言った。
「手出して」
「こう?」
オレは篠原に両手を差し出す。
すると、篠原がオレの手のひらに自分の手のひらを重ねた。
思わず心臓の鼓動が高鳴る。
「し、篠原!?」
「動いちゃダメ」
「わ、わかった」
しかたなく、しばらく待つことにした。
篠原はうつむいてから、笑う。
「瀬尾くんの手ってあったかいんだね」
「篠原の手が冷たいんじゃ――」
そこまで言って、オレはあることに気がついた。
篠原の手が冷たいのは、オーディション前の緊張のせいだ、と。
こういう時、何も言えない自分が悔しい。
しばらくした後、篠原は手を離した。
「よし! もう大丈夫。ありがとう、瀬尾くん」
「どういたしまして」
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ」
そして、篠原はスクールバッグを肩にかけて演劇部の部室に向かった。
オレは美術部で部活をしてから、家までの帰り道を歩く。
すると、交差点のところで女性に声をかけられた。
「すみません」
「はい」
「ここのケーキ屋さんに行きたいんですけど、マップがおかしいみたいでたどりつけなくて」
女性はそう言って、スマートフォンの画面を見せる。
マップを見ると、ケーキ屋はすぐ近くにあって、現在地の矢印はその反対方向を向いていた。
「あの、ケーキ屋は反対方向にあります」
「え!?」
オレが言うと、女性は声あげてスマートフォンの画面を見る。
「やだ、本当ね。恥ずかしいところ見せちゃった。ごめんなさい」
「大丈夫です」
すると、女性がオレを見て言った。
「あれ? 君、もしかしてこのあいだ本屋さんで本拾ってくれた男の子?」
そう言われて、オレは先週の金曜日のことを思い出す。
そういえば、女性が本を落としたのを見てそれを拾って渡したな。
「そ、そうですけど」
「やっぱり! 娘が通ってる高校と同じ制服だから覚えてたの」
「娘?」
「笹山美月っていうの。1年2組なんだけど」
笹山のお母さん、ってことはこの人――。
「もしかして、竹野美桜さんですか?」
オレがそう言うと、女性は驚いた表情をした。
「私と美月が親子だって知ってたのね」
「このあいだの生放送観たので。あと、親子だってことは笹山から聞きました」
「へー。君、名前は?」
「瀬尾拓夜です。1年1組なので、笹山の隣のクラスです」
オレが答えると、笹山のお母さんは笑って言った。
「ねえ拓夜くん。お腹空いてない?」
――その後。
高層階ビルのワンフロア。
グランドピアノが置かれ、ピアニストのクラシックの演奏が流れる高級レストランの席に、オレは座っていた。
笹山のお母さんは店員につがれた赤ワインを一口飲んで、嬉しそうな顔をする。
「ここのワインはいつもおいしいわ」
「そ、それはよかったです」
オレは笹山のお母さんに連れられて、一緒にケーキ屋に行った後、初めての高級レストランに来ていた。
目の前にはおいしそうな肉のステーキの皿が置かれて、その両隣にはナイフとフォークが置かれている。
ナイフとフォークはどう使うんだっけ。
たしか姉ちゃんが教えてくれた気がするけど、いきなりこんなところに来たから思い出せない。
「あ、あの、オレがケーキ屋まで案内するのはわかるんですけど、なんで一緒に食事までしてるんですか?」
オレが聞くと、笹山のお母さんは言った。
「道案内してくれたお礼と、美月のことが聞きたくて」
「笹山のこと?」
すると、笹山のお母さんはうつむく。
そして、言った。
「私、あの子のこと何も知らないから」
それから、続ける。
「私は美月が幼稚園の頃まで仕事休んでたんだけど、美月は小さい頃から手のかからない子だったの。イタズラもしないしわがままも言わない。とにかく物わかりがよかった」
笹山のお母さんはステーキを切り分けて食べると、ワインを飲んだ。
「でも、美月が小学生になって私が仕事に復帰して、私が出演する作品で演じる役が母親役ばかりになってから、なんだか美月がよそよそしくなって……。学校で何があったか聞きたくても、私が仕事が忙しくて家に帰ると美月はもう寝てる、みたいなことが多くなった。だから、拓夜くんなら学校で美月がどうしてるか知ってるかなって思ったの」
オレはステーキを食べるのをやめて、ナイフとフォークを置く。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「笹山は、学校で人気があって……でも人気だから、芸能人の娘だからって気取ってなくて自然体で……でも――」
それから、続ける。
「なんとなく……なんとなくだけど寂しそうな気がします」
オレがそう言うと、笹山のお母さんはため息をついた。
「やっぱりそっか」
「すみません。同じ学校の友達のお母さんにこんなこと言って」
「いいのよ。私も普段の美月が知りたいし」
笹山のお母さんはそう言って笑う。
「どうしたらいい母親になれるんでしょうね。母親役はできるのに」
その自嘲ぎみの言葉に、オレは何も返せなかった。
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