Voice.28 私もつき添うよ

 篠原が受けた演劇部のオーディションの結果は、週が明けた月曜日に発表された。

 放課後、昇降口で靴を履きかえている篠原を見かけて聞く。


「結果はどうだった?」

「ダメだったー……。ヒロインのアリアは笹山さん」

「そっか」

「なんとか役はもらえたんだけどね。主人公達が旅の途中に寄った街でアリアに回復魔法教える少女役」


 オレは前篠原とオーディションの練習をする時に、篠原が持ってきていた劇の原作小説とコミカライズを読んでいるからすぐに想像できた。


「あの序盤に出てくる女の子か」

「そう。パーティーには加入しない子」


 篠原は、どうせならパーティーに入って旅したかった、と呟く。

 オレは篠原をなだめた。


「それはしょうがないな。でも役もらえたってことは篠原の演技がよかったってことだと思うぞ」

「そうかな?」

「うん。だからそんなに落ち込むことないって」


 すると、篠原はうなずいて笑う。


「そうだね。また次のオーディション頑張るよ」


 ――そして、演劇部の劇の本番当日。

 オレは演劇部の公演の観客の椅子を並べるために、体育館に来ていた。

 篠原がオレに気がついて駆け寄ってくる。


「瀬尾くん、夕乃。なんでここに居るの?」

「美術部が体育館に観客のみんなの椅子並べることになったから来た」

「文化部なのに大変だね」

「実は美術部って石膏運んだりするから、意外と普段から重いもの持ったりするんだ」

「そうなんだ」


 すると、木暮に声をかけられた。


「瀬尾、顧問の先生に呼ばれたからこっち来て」

「わかった」


 そして、生徒会と美術部のみんなで体育館に椅子を並べていた時。

 演劇部のみんながリハーサルをしていた途中で、舞台の照明が消えた。

 その場に居たみんなはざわつく。

 すると、演劇部の顧問の先生が言った。


「電球切れたので取りかえてからリハーサル再開します。それまで演劇部のみんなは30分休憩してください」


 演劇部の顧問の先生が舞台から降りて、美術部と生徒会の顧問の先生に話しているのが見える。

 話し終わった後、美術部の顧問の先生が言った。


「演劇部と生徒会が休憩とるので、美術部もいったん30分休憩にします」


 先生に言われて、みんなは体育館から出ていく。


「瀬尾くん」


 オレも体育館を出て休憩をとろうとした時、篠原に声をかけられた。


「篠原。どうかしたのか?」

「さっき舞台の照明が真っ暗になった時、笹山さんの様子が変だった気がしたんだけど、聞いたら『大丈夫だよ』って言って体育館出ていっちゃって」

「そうなのか?」


 篠原はうなずいた。


「心配だから、瀬尾くんと夕乃も笹山さん探してくれる?」

「わかった」


 それから、オレは笹山を探して自動販売機のあるところに向かう。

 すると、笹山はミルクティーのペットボトルを持って、横のベンチに座っていた。


「笹山」

「あ、瀬尾くんも体育館来てたんだ」

「美術部が体育館に椅子並べることになったから」

「そっか。おつかれさま」


 そう言う笹山は、普段と変わらないようにみえる。


「篠原が笹山のこと探してたぞ。『舞台の照明が真っ暗になった時様子が変だった』って」


 オレの言葉に、笹山はいつもと同じように笑った。


「そうだったんだ。別になんでもないよ」


 でもその笑顔は、少しぎこちない。

 オレはそれを横目で見て、言った。


「リハーサルは進んでるのか?」

「うん。高校入って初めての劇だからみんな緊張してるけど」

「見てることしかできないけど、観客として応援するから」

「ありがとう。そう言ってくれるだけで心強いよ」


 しばらくして体育館に戻る時間が来て、オレは笹山に声をかける。


「そろそろ体育館戻る時間だぞ」

「……うん。後から行くから先行ってて」

「どうかしたのか?」


 オレが聞くと、笹山はオレから目をそらして言った。

 やっぱりさっきから笹山の様子が変だ。


「ううん。大丈夫だよ」

「本当に大丈夫か?」


 オレが聞くと、笹山は立ち上がった。


「だから大丈夫だって――」


 それからオレに答えようとして、顔をしかめる。

 見ると、笹山の右の足首が赤く腫れていた。


「笹山、足捻挫してるんじゃないか?」

「……実は、さっき舞台の照明が真っ暗になった時、驚いた拍子にちょっと足ひねっちゃって」


 だからなかなかベンチから立ち上がらなかったのか。


「とりあえず保健室行こう」


 すると、笹山はいつもの調子で軽く笑う。


「これくらい大丈夫だよ。歩けるし問題ないから」

「ほっとくとひどくなるぞ。まだ休憩時間あるし保健室行って先生に診てもらったほうがいい」

「でも――」

「私もつき添うよ」


 声が聞こえて振り向くと、そこには篠原が居た。

 そして、3人で保健室に行って先生に笹山の右足を診てもらう。

 女性の保健室の先生が言った。


「軽い捻挫ね」

「よかった」


 先生の言葉を聞いて、笹山は安心したように息をつく。


「でも、今日の劇は出ないほうがいいわ」

「え?」


 笹山は目をみはった。

 先生は口を開く。


「当たり前でしょ。捻挫してるのに劇で1時間立ちっぱなしなんていくら軽い捻挫でも危ないわよ」

「……嫌です」


 先生の話をさえぎるように、笹山は続けた。


「今日の公演は、絶対中止にしたくないので」


 先生は笹山の真剣な表情を見て、ため息をつく。


「そこまで言うならしょうがないわね。でも、演劇部の顧問の先生と親御さんには連絡するから」

「わかりました」


 笹山がそう言うと、保健室の先生は演劇部の顧問の先生と笹山のお母さんに連絡をするために職員室へと向かった。

 篠原が笹山を見る。


「じゃあ私、先に体育館に戻ってるね」

「ああ」

「つき添ってくれてありがとう。篠原さん」

「どういたしまして」


 篠原はそう返すと、保健室を出てドアを閉めた。

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