Voice.26 本当に鈍いよね
「え?」
テレビに映った写真を見て、オレは思わず声を漏らす。
仲よさそうな父、母、娘の3人で並んだ家族写真の真ん中に映っていたのは、小さい頃の笹山だった。
小さい笹山は竹野美桜さんとお父さんと3人で手を繋いで、嬉しそうに笑っている。
顔は幼いけれど、間違いなく笹山だ。
写真を見た女性の司会者が声をあげた。
「とってもかわいいですね! 竹野さんに似てます!」
「そうでしょ。うちの娘はかわいいんですよ」
竹野さんは笑顔で言う。
そして、続けた。
「娘は小さい頃から私に似てお芝居が好きで、中学でも高校でも演劇部なんです」
「そうなんですね。竹野さんの娘さんならきっと演技もお上手なんでしょうね」
「光栄なことに、中学生の時演劇部の大会で主演女優賞をいただいたんですよ」
すると、中学生の時の制服を着た笹山がトロフィーを持っている写真に切り替わる。
「すばらしいですね。今後娘さんが芸能界デビューするなんてことはあったりするんでしょうか?」
「どうでしょうかね。母としては無理強いはしたくないので、本人の気持ち次第だと思っています」
「竹野さんにはCMの後もおつき合いいただきます」
司会者がそう言って、テレビの画面がCMに変わった。
テレビで見た竹野美桜さん――笹山のお母さんは、どこにでも居るいい母親の雰囲気だった。
でも、それにしてはこのあいだ笹山がお母さんのことを話した時の表情が暗かった気がする。
次の日学校に行ったオレと篠原は、廊下で昨日のことを話した。
「昨日はびっくりした。でも、笹山さんのお母さんが女優さんなら笹山さんが演技力高いのもわかるよね」
「そうだな。オレも驚いたよ。笹山がテレビ出てるんだから」
「何話してるの?」
すると、後ろから笹山の声が聞こえた。
「笹山」
「笹山さん」
オレ達は同時に声をあげて振り返る。
すると、オレ達が焦ったことを見抜いたのか、会話が聞こえていたのか、笹山は核心を突くように言った。
「もしかして、私の話?」
その声は、いつもの浮わついたような笹山の声とは違って、真剣な声だった。
そして、昼休みにオレと篠原は屋上で笹山と話すことになった。
購買でパンを買って屋上に行くと、篠原と笹山が待っていた。
笹山が口を開く。
「ごめんね。急に呼び出して」
「いや、元はといえばオレ達がきっかけだし」
「じゃあ、さっそくお昼ごはん食べながら話そうか」
そう言って、笹山はスクールバッグから弁当を出す。
笹山の弁当は高級そうな黒色の重箱に入っていた。
篠原がスクールバッグから弁当を出しながら言う。
「笹山さんのお弁当すごいね」
「たしかにみんなお重には入れてこないね。メイドさんが作ってくれてるからそれ持ってきてるんだ」
「いいなー豪勢なお弁当。私はお母さんの手作りだったり自分で作ったりいろいろだよ。今日はお母さんの手作り」
「私には篠原さんのお弁当がうらやましいけどな」
オレは購買で買ったパンの袋を開けて食べる。
笹山は思い出したように言った。
「あ、それで、今朝の話ね。なんの話してたの?」
いつもと変わらない様子の笹山に、オレは少し後ろめたい気持ちになる。
「昨日竹野美桜さんって芸能人がテレビの生放送に出てて、その人の写真に笹山が映ってたんだけど」
「あ、瀬尾くんと篠原さん、昨日の生放送観てたんだ」
「ああ」
オレがうなずくと、笹山は笑って言った。
「そうだよ。私は女優竹野美桜の娘」
そして、続ける。
「まあ秘密にしてたわけじゃないから、バレても別に問題ないんだけどね。お母さんの竹野は芸名なんだ」
「そっか」
「それにしても、2人とも驚かないんだね。みんな私のお母さんが女優だって知ったらお母さんのサインもらってきてとか私の家行かせてとか言ってくるのに」
「いや、たしかに驚いたけど、驚きすぎてそこまでお願いするほど頭がまわらなくて」
オレが言うと、笹山は安心したような表情をした。
そして、呟く。
「……そういう人も居るんだ」
「え?」
「ううん、なんでもない。さて、芸能人の娘の私に何か聞きたいことはある?」
おどけたような口ぶりで笹山が聞いてきた。
でも、怯えたような、試すような目をしている。
オレは言った。
「なんでこの学校に入ったんだ? 笹山ならうちの高校より演劇科ある高校とか、もっと合ってるところあるだろ?」
笹山は考えるような仕草をしてから、言う。
「普通がよかったから、かな」
「どういうこと?」
篠原が聞くと、笹山は言った。
「誰も私を特別扱いしないような場所で、普通の高校生になってみたかったの。まあ、結局クラスメイトからは遠巻きに見られるし、演劇部の顧問の先生には期待されてるから、変わってないんだけど」
「そっか」
篠原はうなずく。
「普通って難しいよね。私の普通とみんなの普通はちょっとズレてるみたい」
そう言ってから、笹山は笑顔を見せた。
「だから、さっき私のお母さんのこと知っても私への態度を変えない2人見て、ちょっと嬉しくなったんだ」
笹山の言葉に、オレ達は話を続けようと口を開く。
すると、5時間目が始まる予鈴のチャイムが鳴った。
オレ達は弁当を食べる手を止める。
篠原が言った。
「もうお昼休み終わり?」
「みたいだな」
オレが言うと、笹山は食べ終わった弁当をスクールバッグにしまって立ち上がる。
「私、次の授業教室から移動しなきゃいけないから、この話の続きはまた今度でいいかな?」
「ああ」
「うん。大丈夫だよ」
オレ達がうなずくと、笹山は笑って言う。
「2人と話せて楽しかった。じゃあ、先行くね」
そして、笹山は自分の教室に戻っていった。
――放課後。
ゲーム制作部の部活の時間に、向かい合って座った篠原が口を開いた。
「瀬尾くんは、笹山さんの話聞いてどう思った?」
「どうって……驚いたけど」
「私も驚いたけど、それ以上に、もっと対等になりたいって思った」
「対等……って?」
「もっと笹山さんと演技で張り合える存在になりたいってこと。……たぶん笹山さんの視界に私入ってないもん」
いじけたように言う篠原に、オレは苦笑いする。
「そ、そんなことないと思うけど」
「そんなことあるもん。絶対あるもん」
篠原が何に怒ってるのかわからない。
すると、メガネと文豪と音海が部室に来た。
メガネが言う。
「ちょっとー。ケンカはやめてほしいんだけど」
「ケンカはしてない」
「でも篠原さん怒ってるじゃないか」
文豪に言われて、オレは口をつぐんだ。
すると、篠原が音海に小声で何かを耳打ちする。
音海はしばらくして、言った。
「朝陽から聞いた話を踏まえると、瀬尾がよくないと思う」
「なんで?」
オレが聞くと、音海はため息をつく。
「……瀬尾って鈍いよね」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
「そうだよねー。歌織ちゃん。瀬尾くんって本当に鈍いよねー」
篠原はそう言って、イタズラっぽく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます