Voice.24 ちょっと気になっただけ
――1週間後の夜。
オレは今日が発売日の漫画を買うために、本屋に来ていた。
買おうと思った漫画を見つけて、レジに並ぼうとした時。
近くで本を落とす音が聞こえた。
音のしたほうを見ると、女性が本を落としてしまっていた。
「大丈夫ですか?」
駆け寄って、本を拾って渡す。
女性は帽子を深くかぶっていて、顔がよく見えない。
「ありがとう」
そう言ってオレから本を受け取ると、レジで本を買って帰っていく。
オレも漫画を買って本屋を出た。
スマートフォンを見ると、午後8時と表示されている。
公園の前を通ると、噴水の前に笹山の姿が見えた。
前と同じように、台本を読んでいる。
すると、笹山がオレに気がついて声をかけてきた。
「瀬尾くん」
「本屋に寄った帰り。笹山は?」
「私は今日も演劇部のオーディションの練習」
すると、笹山が言った。
「ねえ」
「な、何?」
「ちょっとオーディションの練習の相手役してくれる?」
「えっと……」
「演技上手くなくてもいいからさ」
言おうとしていた言葉をさえぎられて、オレは打つ手がなくなる。
そして、笹山のオーディションの練習につき合うことにした。
2人で向かい合って台本を読み始める。
笹山が口を開いた。
「……ごめんなさい」
「なんでアリアが謝るんだ?」
「ヴァレンくんが悲しい顔してるの、きっと私のせいだから」
「……アリアのせいじゃない」
「なら、どうして私にそっけないの?」
笹山が篠原と同じように距離を詰めて、でも篠原とは違う目でオレを見つめた。
それに、オレは思わず驚いて目をみはる。
アリアには記憶がない。
そのことを意識した声色と仕草の演技だ。
篠原とは違う。
オレは思わず息をのんだ。
そのせいで、セリフを言うのが遅れる。
「それは――」
「私には言えないことで悩んでるんだよね」
笹山が遠慮がちに言う。
「……アリアにオレの記憶がないことが辛い」
「やっばり」
笹山はわかっていたかのように笑った。
「アリアには言わないようにしてたのに」
「そうやって隠されるほうも辛いんだよ」
「……ごめん。アリアの気持ち考えてなかった」
「私は、ヴァレンくんには悲しい顔してほしくない」
そして、笹山はオレの手を取る。
「私には、嘘つかないで」
そう言った笹山の表情は寂しげで、笑っているけれど、どこか儚く見えた。
笹山と2人でオーディションの練習をした後、オレと笹山は自動販売機で飲みものを買った。
オレはサイダーを買う。
笹山はアイスミルクティーを選んで買った。
そして、2人でベンチに座って飲みもののキャップを開ける。
飲んでから、ひと息ついた。
笹山が聞く。
「それにしても瀬尾くん、初めて見た台本なのにセリフつっかえないで言えてたね」
「篠原に頼まれて1回練習したからな」
「そうなの?」
「うん。さっき笹山と読んだシーンやった」
オレはそう言って、サイダーを飲んだ。
「なんか2人って仲いいよね。つき合ってるの?」
笹山のいきなりの発言に、飲んでいたサイダーの炭酸が喉に引っかかる。
そして、思わず咳き込んだ。
「そういう反応するってことは図星?」
笹山は純粋な表情をして聞いてくる。
オレはため息をついて、言った。
「いや、ただのオレの片想いで――」
「へー。片想いなんだ?」
笹山に言われて、オレは自分の口がすべったことに気がつく。
「笹山」
「何?」
「今、オレにカマかけただろ」
「えー? そんなことしてないよー」
そう言った笹山の表情は、言葉とは裏腹に楽しげだった。
「絶対誰にも言うなよ?」
「言わないよ。私人の秘密は守るから」
「それならいいけど」
笹山にそう言われて安心する。
これ以上このことを聞かれたくなくて、オレは話を変えた。
「そういえば、夜に1人でこんなところに居て、親は心配しないのか?」
すると、笹山はうつむく。
そして、言った。
「お父さんは仕事で海外に単身赴任してるし、お母さんは……今日も夜遅くまで仕事してるんだ」
そう言った笹山の表情は、いつもとは違って、ほんの少しだけ寂しそうにみえる。
そんな笹山を見て、オレは口を開いた。
「……ごめん。無神経なこと聞いた」
「気にしないで。私にとっては普通のことだから」
オレとは違って、笹山は平然としている。
「じゃあ、オレはそろそろ家に帰るから」
「うん。オーディションの練習つき合ってくれてありがとう」
家に帰ると、家族のみんながテレビを観ていた。
「ただいま」
「おかえり。拓夜」
「みんなで何観てるの?」
オレが聞くと、姉ちゃんが言った。
「4月からやってる恋愛ドラマ。おもしろいよ」
「へー」
テレビには、20歳の女性の主人公と、同じく20歳の男性の恋愛シーンが流れている。
場面が切り替わって、主人公の部屋のシーンになった。
画面には、母さんと同年代くらいの女性の芸能人が映っている。
「この人誰?」
オレが聞くと、母さんが言った。
「知らないの?
「知らない」
竹野美桜さんは、母さんと同い年にしてはとても綺麗だ。
――次の日。
学校に行くと、篠原が廊下に立っていた。
「おはよう」
「おはよう。篠原」
そして、不機嫌そうな顔をする。
「瀬尾くんと笹山さん、昨日公園で2人っきりでオーディションの練習してたの?」
オレは思わず声をあげた。
「なんで篠原がそれ知ってるんだ!?」
「昨日笹山さんからライン来たから。演劇部で一緒だから前に連絡先交換したんだ」
篠原はそう言って笹山とのトーク画面を見せる。
日付は昨日のオレと笹山が公園で会った日で、時間はオレが帰った後になっている。
「瀬尾くんは笹山さんみたいな子がタイプなの?」
「違う! 違うから! 全然違う!」
「……本当に?」
「本当に」
「ならいいけどさ、2人っきりで会ったって書いてあったから、ちょっと気になっただけ」
「たまたま会ってオーディションの練習してただけだから!」
「もうわかったよ」
篠原は顔を赤らめて、納得したようにそう言った。
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