Track.12 月の影に隠した素顔

Voice.23 不安にならなくてもよかったんだ

 ゴールデンウィークが終わった、5月の平日。

 オレはいつもどおりに起きて、いつもどおりに制服に着替えて、いつもどおりに朝ごはんを食べて、いつもどおりに学校に行く。

 いままでと何も変わらない。

 ――ただ、1つを除いては。

 教室のドアを開けると、篠原が自分の席に座っていた。

 いつものようにクラスメイトに囲まれている。

 すると、篠原はオレの姿に気がついて声をかけてきた。


「あ、瀬尾くん。おはよう」


 篠原もいままでと何も変わらず、オレに明るく笑顔を向ける。

 ――何も変わらないけれど、ただ、1つだけ変わったことがある。

 それは、オレが篠原を好きだと気づいたことだ。


「……お、おはよう。篠原」


 オレはうつむいて、小さな声で言う。

 それから、篠原の隣にある自分の席に座った。

 意識しないようにしても、授業を受けている時、先生に言われて前に出た時、声が聞こえた時、自然と目が篠原を追っている。

 みんなはいつもどおりに過ごしているけれど、オレはまだ全然いつもどおりになれそうになかった。

 そして、放課後の部活の時間。

 オレ達は秋葉先生に新しく考えたゲームの企画書を提出した。

 秋葉先生は黙ってそれを読む。

 それから、言った。


「いいですね!」

「本当ですか!?」

「ストーリーは前のゲームよりわかりやすいですし、キャラクターは前のゲームより出てくるキャラクターの人数を減らしたぶん、ひとりひとりが魅力的なキャラクターになってます」

「ってことは――」

「このまま進めてください」


 秋葉先生の言葉に、オレ達は驚く。

 そして、声をあげた。


「やったー!」

「喜ぶのはまだ早いですよ。ここからが大変なんですから」


 秋葉先生がオレ達を見て笑いながら言う。

 そして、オレ達はさっそくどんなゲームにするかの話し合いをすることにした。

 メガネが口を開く。


「あのさ、企画書読んでて気になったところがあるんだけど」

「何?」

「2人目のヒロインって声優どうするの?」

「……あ」


 作っているゲームは恋愛アドベンチャーゲームで、ヒロインは2人居る。

 1人は篠原に声をあててもらうことになっているけれど、2人目は決まっていなかった。

 ということで、オレ達は2人目の声優を探すことにした。

 そして、学校から帰ろうとした放課後。


「瀬尾くん」


 声をかけられて振り向くと、笹山が立っていた。


「笹山」

「ひさしぶり。落としもの渡そうと思って」


 すると、笹山はオレに柚木真奈さんのライブで買ったキーリングを手渡す。


「これオレのだ。バッグにつけてたやつ」

「本屋さんで会った時落としていったから」

「全然気づかなかった。拾ってくれてありがとう」

「それと、これ見て」


 笹山はスクールバッグを見せた。

 そこには、『SNOW ALBUM』の小方里奈ちゃんのアクリルキーホルダーがついている。


「あ、里奈ちゃんのアクキー」

「このあいだ瀬尾くんの話聞いてから、ネットで調べてゲーム買って全部クリアしちゃった」


 笹山に声優の話をした日からまだ数週間しかたっていない。


「早いな」

「初めてゲームやったけど、スノルバは紙の小説みたいに没入感あって私に合ってたみたい」

「ならよかった」

「ストーリーもよくて、どのキャラクターの話も共感しちゃって」

「わかる。ストーリーいいよな」

「瀬尾くん」


 いつもより冷たいその声に振り向く。

 そこには、篠原が立っていた。


「し、篠原」

「2人っていつのまに仲よくなったの?」


 笹山が首をかしげる。


「ゲームの話してただけだよ」

「へー。そっか。ゲームの話かー」


 篠原の感情が読み取れない。

 でも、なんかまずいことはわかる。


「し、篠原。ちょっと話あるんだけど」

「いいよ」


 そして、オレは教室で篠原と話すことにした。


「篠原」

「何? 瀬尾くん」


 篠原は答えてくれるけれど、目が合わないし、声も刺々しい。


「怒ってる……よな?」

「当たり前でしょ」


 そして、続ける。


「相手は私が演劇部でいつも見てる笹山さんだし、私が好きなゲームの話してるし、……瀬尾くんは楽しそうだし」

「いや、オレはただ笹山と話をしてただけで楽しそうにはしてないんだけど」

「でもそう見えたよ。『興味持ってもらえて嬉しい』みたいな表情してた」

「それは、笹山がアニメとかゲームとか何も知らなかったからで、オレは――」

「何?」


 篠原に聞かれて、思わず言葉に詰まった。

 それから、言う。


「オレは、他の女子と話すより、篠原と話してるほうが楽しい」


 しばらくして、篠原は小さく吹き出した。

 そして、呟く。


「……なんだ。そっか。不安にならなくてもよかったんだ」

「どうかしたのか?」

「なんでもないよ。安心しただけ」


 そして、嬉しそうに笑った。


「そういえば、今度演劇部の劇のヒロイン役を決めるオーディションがあるんだけど」

「うん」

「1人じゃ演技がいいか悪いのかわかりづらいから、たっくんに練習つき合ってほしいんだ」

「いいけど、オレ演技経験全然ないから篠原合わせづらいと思うぞ?」

「経験は関係なくたっくんがいいんだよ」


 ――その夜。

 オレはオーディションの練習の相手をするために、篠原の家に来ていた。

 演劇部の劇の話の内容は、国の王宮で代々騎士を継ぐ家系の騎士と、その王宮に住んでいた姫の、2人の幼なじみの恋を描いた異世界ファンタジーだ。

 アリアがライバルの国の悪者にさらわれ、ヴァレンティーノは親友と一緒にアリアを助けるための旅に出る。

 いろいろな人と出会い、旅の仲間を増やし、ヴァレンティーノはついにアリアと再会するが、アリアは黒魔法により記憶喪失になっていた。

 なんとかアリアを魔の手から助け出して、一緒に旅をすることになったヴァレンティーノだったが、記憶がないアリアにそっけない態度をとってしまい、距離ができてしまう。

 オーディションをするシーンは、2人が仲直りをするシーンだ。

 主人公でありヒーローの騎士のヴァレンティーノをオレが、ヒロインの姫、アリアを篠原が演じる。

 2人で向かい合って、篠原が口を開いた。


「……ごめんなさい」

「なんでアリアが謝るんだ?」

「ヴァレンくんが悲しい顔してるの、きっと私のせいだから」

「……アリアのせいじゃない」

「なら、どうして私にそっけないの?」


 篠原が距離を詰める。

 驚いたけれど、今の篠原はアリアで、オレはヴァレンティーノだ。

 これは演技、自分にそう言い聞かせながら続ける。


「それは――」

「私には言えないことで悩んでるんだよね」


 篠原が見透かしたように言う。


「……アリアにオレの記憶がないことが辛い」

「やっばり」


 篠原は寂しそうに笑った。


「アリアには言わないようにしてたのに」

「そうやって隠されるほうも辛いんだよ」

「……ごめん。アリアの気持ち考えてなかった」

「私は、ヴァレンくんには悲しい顔してほしくない」


 そして、篠原はオレの手を取る。


「私には、嘘つかないで」


 そう言った篠原の表情は、柔らかくて、でも優しくて、すべてを包み込んでくれているようだった。

 オーディションの練習が終わって、篠原はアイスティーを飲みながら聞く。


「どうだった?」

「よかったよ」

「でも、私は何かたりない気がするんだよね」


 そう言って落ち込む篠原を見て、言った。


「……オレは、演技のことはよくわからないからうまく言えないけど」


 そして、続ける。


「篠原は頑張ってる。だから、いつもどおりでいれば大丈夫だよ」


 オレがそう言うと、篠原は目をみはった。

 そして、嬉しそうな表情をする。


「ありがとう。たっくん」


 篠原は、笑顔でそう言った。

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