Voice.22 もう少しだけ、このままがいいな

「雨が止むまで、オレの家に来ない?」


 オレが篠原の手首を掴んでそう言うと、篠原は目をみはった。


「え?」

「そ、その、今篠原のお兄さんからこの雨で篠原の家族が帰るの遅くなるって聞いたから。雨ひどくなってきて1人だけで家で待つのは何かあったら危ないし」


 オレは篠原を引き止めるためのそれらしい理由を頭の中で探して言う。

 実はさっき、篠原のお兄さんに頼まれた。

 なんとか理由をつけて、雨があがるまで朝陽を拓夜くんの家に引き止めてほしい、と。

 だから、今オレが篠原に言っているのは篠原を引き止めるための口実だ。

 篠原はしばらく考える表情をしてから言った。


「じゃあ、そうしようかな」


 その言葉を聞いて、オレは安心して手を離す。

 そして、家の鍵を開けて篠原を先に家に入れた。


「おじゃまします」

「どうぞ」


 2人でリビングに入る。

 すると、篠原が言った。


「たっくんそのままだと風邪ひいちゃわない?」

「そういえばそうだな」

「お風呂入ってきなよ。私ここで待ってるから」


 篠原にそう言われて、オレは風呂に入ることにする。

 服を着替えてリビングに戻ると、篠原が待っていた。


「篠原も風呂入ってくるか?」

「家に上がらせてもらってるのに悪いよ」


 篠原が遠慮がちにそう言ったのを見たオレは、スクールバッグからスマートフォンを取り出して、姉ちゃんにラインを送る。

 返信はすぐに来た。


「姉ちゃんがシャンプーと服貸すって。だから大丈夫だよ」

「本当に?」

「本当だって。ほら」


 そう言って、篠原にラインを見せる。

 すると、篠原は納得したように言った。


「そこまで言うなら、入ってくるね」


 そして、篠原は洗面所に行く。

 リビングのドアが閉まって、オレは姉ちゃんから来たラインを見返した。


「私がお風呂で使ってるやつと服朝陽ちゃんに貸すから大丈夫だよ」


 これが篠原に見せたラインだ。

 その下にはもう1つ、篠原に見せていないラインがあった。


「誰も家に居ないけど、頑張ってね」


 続けて、猫のキャラの「ファイト!」の文字が書かれたスタンプがある。

 どういう意味だよ。

 いや、頭ではわかるけど意識的にはわかりたくない。

 そして、篠原が風呂に入っているあいだ、姉ちゃんとラインのやりとりをしながら、姉ちゃんが選んだ服を洗面所に用意して、リビングに戻ってソファーに座る。

 なんか家に篠原が居ると思うとめちゃくちゃ緊張してきた。

 そうだ、さっき本屋で買ってきた漫画読んだら気がまぎれるかもしれない。

 そして、オレはバッグから買ったばかりの漫画を出して読み始めた。

 ページをめくってしばらく読んでも、頭の中で篠原のことが気にかかる。

 ダメだ、ぜんぜん落ちつかない。

 しばらくして、姉ちゃんの服を着た篠原がリビングに入ってきた。


「服貸してくれてありがとう。サイズぴったりだったよ」


 姉ちゃんが篠原に貸した服は、パステルピンク色のトップスとショートパンツのルームウェアだった。

 姉ちゃんが普段着ている服はオレンジ色が多いけれど、「このあいだのモデルの仕事がパジャマパーティー風の撮影で、その時に着たルームウェアをもらってきた」とさっき姉ちゃんがラインで教えてくれた。

 風呂上がりだからか、篠原の背中くらいまである黒髪は濡れていて、肌が少し赤くみえる。

 ショートパンツは、いつも篠原の服を見た時には見えていない太ももが見えるくらいの短さで、素足で、思わず見つめてしまう。

 姉ちゃんありがとう。

 篠原がいつも以上にかわいい。


「な、ならよかった」


 オレが平然を装いながらそう言った、その時。

 窓に光が射し込んで、大きな雷の音が鳴り響く。

 次の瞬間。

 リビングの電気が消えた。


「停電!?」

「……みたいだな」


 部屋の中は真っ暗だ。


「篠原、とりあえずオレの隣に居て」

「う、うん」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫。たっくんが居るから怖くな――」


 すると、また窓の外が光って雷が鳴った。

 その瞬間。

 篠原がオレの服を掴んだ。


「し、篠原? どうした?」

「……ごめんね、たっくん。私、本当は雷苦手なんだ」


 篠原の身体が小さく震えている。

 そして、篠原はうつむいたまま続けた。


「だから、もう少し……もう少しだけ、このままがいいな」


 その言葉に、オレはうなずく。


「……わかった」


 それから、オレも篠原も何も言わなかった。

 雨の音に混じって、ときどき雷の音が鳴り響くと、篠原が肩を震わせる。

 こういう時、どうすればいいんだろう。

 篠原を安心させられたらいいのに。

 そう思ったら、思わず篠原をそっと抱き締めていた。


「た、たっくん!?」


 動揺する篠原の声が聞こえる。

 オレは、言った。


「大丈夫。オレがこうして篠原と一緒に居るから」


 そして、篠原を安心させるように右手で頭をなでる。

 すると、篠原はオレに身体をあずけて、背中に腕をまわした。

 篠原から使ったばかりのシャンプーと石鹸の香りがして、思わずオレの胸の鼓動が速くなる。

 こんなに近くて、篠原に心臓の音聞かれてたらどうしよう。

 すると、篠原は目を閉じて、安心したように言った。


「ありがとう。たっくん」


 それからしばらくして、雷の音が遠くなる。

 篠原は明るく笑った。


「もう大丈夫だよ」

「そっか」


 オレは身体を離す。

 篠原は天井を見て首をかしげた。


「それにしても、ずっと真っ暗なままだね」

「そうだな」


 懐中電灯は探さないとなかった気がするから、何か別のもので――。


「あ、いいこと思いついた」

「何?」


 篠原は首をかしげる。


「篠原、ちょっとそのまま目閉じて待ってて」

「う、うん」


 そして、篠原が目を閉じているあいだに、オレは自分の部屋に行く。

 それから、リビングに戻ってカーテンを閉めて、床にあるものを並べて準備をした。


「目開けていいよ」


 オレがそう言うと、篠原は目を開ける。


「何して――」


 言いかけて、目をみはった。


「これって……もしかしてペンライトの光?」


 オレが自分の部屋に取りに行って床に並べていたのは、ライブ用のペンライトだった。

 ペンライトスタンドを使って並べて、全部柚木真奈さんのイメージカラーの青色にしてある。


「懐中電灯より、こっちのほうがいいだろ?」

「うん! 真奈ちゃんのライブの時みたい」


 篠原はそう言って笑顔を見せる。

 オレ達はソファーに座った。

 暗闇の中で見るペンライトの青色の光は、とても幻想的だ。

 それを眺めながら、オレは口を開いた。


「さっき懐中電灯の代わりになるもの考えてたら思いついたんだ」

「たっくんっていっぱいペンライト持ってるんだね」

「真奈さんがライブやるたびに新しいペンライト出すから、それ全部買ってたら数えきれないくらいになった」


 オレの話を聞くと、篠原は声を出して笑った。


「私と同じだね」


 どちらからともなく手が触れ合う。

 そして、オレ達は雨があがってリビングの電気がつくまで、ペンライトの青い海を眺めていた。

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