Track.11 なりゆきの雨やどり

Voice.21 すごい雨だよね

「おーい。みんなのぶんの飲みものも買ってきたぞー」


 メガネと文豪がオレ達のほうにやってきた。

 篠原を見つめていたことに気づいて、オレは思わず目をそらす。


「あ、ありがとう」


 オレと篠原は言葉を詰まらせながらもお礼を言った。

 音海もオレ達のほうに歩いてくる。


「朝陽。ここに居たんだ」

「歌織ちゃん! どこに居たの?」

「ネモフィラの写真撮るのに夢中になってたらはぐれた。気づかなくてごめん」

「そっか。私こそごめんね」


 それから、みんなでテーブルを囲んで椅子に座った。

 メガネと文豪が買ってきてくれた飲みものを飲む。

 それから、オレは言った。


「あのさ、思いついたことがあるんだけど」

「何?」


 みんながオレを見る。

 そして、オレは自分が思いついたゲームのアイディアを話した。

 しばらくして植物園を出る頃には、もう外は夕方になっていた。

 オレ達は5人で駅までの道を歩く。

 篠原が言った。


「瀬尾くんが出したアイディア、すっごくいいと思う!」


 メガネはうなずく。


「あれなら秋葉先生もきっといいって言うよな」


 すると、文豪が言った。


「オレはもう頭の中でどんな話にしようか考えてるぞ」

「それはいいけど書くのは待て。まだキャラ設定も決めてないだろ」


 冷静にオレがツッコミを入れる。

 音海が言った。


「世界観ができてないと音楽作れないけど、瀬尾のアイディア聞いて楽しみになった」


 みんなオレのこと誉めすぎじゃないか?

 嬉しいけど、なんか急に恥ずかしくなってきた。

 それからみんなで電車に乗って、最寄り駅で別れて、それぞれの家に帰る。

 オレと篠原の家は同じ方向だから、2人きりになった。

 そして、2人で家までの帰り道を歩く。


「そういえば、篠原の好きな場所行かなくてよかったのか?」


 オレが聞くと、篠原は考えるような仕草をしてから、言った。


「私の好きな場所はまだ行けないから」


 そう言われて、オレは考える。

 そして、言った。


「もしかして、ライブ会場?」


 篠原は声をあげる。


「なんですぐわかったの!?」

「篠原だったらそうかなって」


 そこで、それぞれの家の前に着いた。

 今日はずっと遊んでいたからか、なんだか急に寂しくなる。

 隣だから、会おうと思えばすぐに会える距離だし、今日はゴールデンウィーク初日なのに。


「……着いちゃったね」

「……そうだな」


 篠原が先に自分の家のドアの前に向かう。


「じゃあ、また今度ね」

「ああ」


 オレは篠原の姿を見送る。

 その時。

 言葉が浮かんで、気がついたら考えるより先に声を出していた。


「篠原」


 オレの声に、篠原が振り返る。

 しばらくした後、オレはこう言った。


「今日はすごく楽しかった。だから――」


 そして、続ける。


「次みんなで会う時はもっと楽しい日になるよ」


 オレの言葉に、篠原は目をみはった。

 そして、明るい笑顔を見せる。


「うん。そうだね」


 その笑顔に、胸の鼓動が高鳴った。

 オレは篠原を見送って、自分の家に入る。

 それから風呂に入って夜ごはんを食べて、自分の部屋に入った。

 ベッドに座って、スマートフォンを見る。

 ゲーム制作部を作った時に新しく作ったグループラインには、今日は楽しかった、とかカラオケまた行きたい、とかいろいろなことが書かれていた。

 オレはそれに無難そうな言葉を返す。

 みんなが撮った写真も送られてきていて、アルバムに保存されていた。

 それを眺めながら、今日のことを思い返す。

 みんなと出かけたのに、頭に浮かぶのは、篠原の表情ばかりだった。

 ――数日後のゴールデンウィーク中の夕方。

 本屋に寄って外に出ると、空が曇っていた。


「なんか雨降りそうだな」


 今日は折りたたみ傘を持ってきてないから、なるべく早めに家に帰ろう。

 けれど、帰り道を歩いていると、雨がだんだん激しくなってきた。

 とにかく家を目指して走る。

 でも、なんとか家に着いた頃には髪も服もびしょ濡れになっていた。

 家に入ればタオルはあるけど、父さんと母さんは出かけてるし、姉ちゃんはモデルの撮影の仕事で家には誰も居ないから、家に入ってタオルを取りに行くまでに床が濡れる。


「これどうすれば――」

「すごい雨だよね」


 すると、誰かがタオルでオレの髪を拭いた。

 声のしたほうに顔を向ける。

 隣には篠原が居た。

 篠原はあまり濡れていない。


「篠原」

「たっくんよかったらこれ使って」


 そう言って、髪を拭いてくれたタオルをオレに手渡す。


「ありがとう。篠原は大丈夫そうだな」

「いつも家出る時折りたたみ傘バッグに入れてるから、それさして帰ってきたの。タオルもいつも入れてあるんだ」


 篠原は準備がいいな。

 でもそのおかげで助かった。

 オレは渡されたタオルで髪と服を拭く。

 その時。

 雨の音に混じって、低い雷の音が聞こえた。

 その音に、篠原は肩をびくつかせる。

 すると、篠原のスマートフォンが鳴った。

 篠原はバッグからスマートフォンを取り出して、電話に出る。


「あ、お兄ちゃん? 私は今家着いたところ」


 電話の相手は篠原のお兄さんみたいだ。


「あ、あー……そっか。うん。この雨じゃしかたないよね」


 何かあったのか、篠原の話す声が落ち込んでいるような気がする。

 でも、篠原は明るく言った。


「大丈夫だよ。もう子どもじゃないし。お兄ちゃんは心配しすぎ」


 そう言った篠原の手は、少し震えている。


「え? たっくん? 今隣に居るけど」


 すると、篠原からスマートフォンを渡された。


「お兄ちゃんがたっくんに電話代わってほしいって」

「オ、オレ?」


 ただでさえ電話が苦手なのに、相手が篠原のお兄さんとか緊張する。

 そして、オレは篠原のスマートフォンを受け取って、電話を代わった。


「も、もしもし」

「もしもし。拓夜くん?」

「は、はい」

「これからする話は、朝陽には言わないでほしいんだけど」

「わかりました」


 ちょうど雨の音がさえぎって、お兄さんとオレが電話している声は篠原には聞こえていないみたいだ。


「今の朝陽の様子、どうだ?」


 そう聞かれて、オレは篠原を見た。

 いつもと変わらない、けど――。

 オレは篠原に聞こえないように、小声で言った。


「いつもと変わらないけど……なんとなく、無理してるような気がします」

「やっぱりな」


 そして、篠原のお兄さんは続ける。


「最初は家族みんないつもと同じくらいに家帰れるはずだったんだけど、この雨と雷のせいで電車遅れてて、今朝陽に『家に帰るの遅くなる』って言ったらやけに明るい声で『大丈夫だよ』なんて言うからさ。本当は小さい頃から雷苦手なくせに」

「そういうことだったんですね」

「それで、拓夜くんにお願いがあるんだけど――」


 しばらくして、オレはお兄さんと電話を終えて、篠原にスマートフォンを返した。


「じゃあ私、そろそろ家入るね」


 篠原は笑って、自分の家に入ろうとする。


「待って!」


 それを、オレが手首を掴んで引き止めた。

 篠原が振り返る。

 オレは、言った。


「雨が止むまで、オレの家に来ない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る