No.2

 しょうだ。

 でんうみおぼれたがゆえ、やまいともぞくごされた。

 しょうだ。

 れんおもしにするほどがるおんなではなかった。

 だからんだ。

 なみだせず、たたみのしみとざまぶりせつげっまつのはずだった。

 それがまさか、てんごくともごくともつかぬかいまねかれようとはおもうまい。

 かみつかさどながぎょうこそわたしてんせいというがいねんだが、かくなるあつかいをけたおぼえはなく、ねむりをあかいろもりさまたげられてそれをさとっただいだ。

 しんをいくつまわしたことか。その甲斐かいはあった。

 ――わたしは、このかいにひどくしんする。

 すくなからずことつうじ、同種にんげんらせて、ほうかいできた。

 これにまさりうるこううんわたしはついぞらない。

 つぼようぶんけんてんせいしなかったこともしよう。こううんだとも。

 いたみをのぞけば。

「……でんしょばと?」

 れたひるがりにひとり、りんのミルクがゆくちにしていたときだった。

 こつこつとまどくちばしせいとぼしいひとみ

 づくなりわたしすすんでガラスのへだたりをき、それをまどだいえた。

「なぜわたしのところへ?」

 でんしょばとぎょうせずともわかる。ほうがくいんわたしあるじたいしているでんしょばとだ。へいほうがくいんかんにあり、いそぎのらせでなくばはなたれはしない。

 ましてわたしたずねるなど。

あるじいまほうがくいんにいる。それでこのでんしょばとあるじにいないとづいてこちらに――」

 いやちがう。

 これをはなてるのはほうがくいんにんげんだ。あるじようがあるならばがくいんないちょくせつえばいい。

 だれはなった。なんのために。

 でんしょばとあしにつけられたゆびつめほどのつつ、このなかいておさめられていたかみれにこたえがあろう。

「…………めない」

 わたしよわおちいった。

 この国ウィンクルムこくまなばずにいたけっとして、かったるとうせいわたしみとめよう。ひとえに、かいせきつらなるほうあるじにかけてもらえばもんだいなかったからだ。

 ゆえに、ちがう。

 めないわたしあるじてたらせなどではない。

 へいおんをつんざくような、あんたんをすすってきるやからわざではなかろうか。

「どうする? あるじははぎみざいたくだが……いや、だいどくたのむべきではないな」

 わたしあるじいちぞんでこのいえかせてもらっている。

 うちちちぎみならいざらず、ははぎみにかけては「あなたのせいで」などとおにくびったようにはいせきかまえをる。かみれにしるされたことたわむれのさんぶつであろうとも、きっとだ。

「そら、あんないしなさい」

 わたしそらはなしたでんしょばとうように、つぎはぎの作業着エプロンドレスのまままどをくぐった。

 かわぞこのヒールでいしだたみつ。

 せんそうじょうつねなれどくにあたわず、とくみちけよ。

 りょがいでいい。しゃうまをさえぎり、なおもわたしほうがくいんいちす。あるじたしかめるのがゆうせんだ。

 そのあしまったのは、おうどうしょくのホルンさながらのほうがくいんえてきたころだった。

ぶり……!?」

 アルトゥールだ。

 ――なぜかおらしている。

 くちびるつくり、まんがったあかがみまでみだほうだいではないか。

「どうしたアルトゥール。めずらしいな」

 わたしこといだ。

 うしなったでんしょばとかいさず。

らかいボルヘにわらいぐさのチャンガン、それにことさらあいつうじていたかにえたデズモンド、かれらとはどうきゅうでありともだろう。じょうだな。だれたずにがくぎょうへのたいまんはたらくとは」

「……てめえにゃかんけいねえ」

としそうおうけんでもしたか。あるいは――オミナスか」

「っ――――!?」

 アルトゥールのひらかれる。せっばかりでへんはない。

 ゆえ、けんかいげてやった。

魔法使いウィズダミストどうあらそいにほうはつきものだ。けっざかりならばまなんだちからためしたくもなろう。しかしだ、アルトゥール。きみのけがはぶつてきぼうりょくにちなむそれとこくしている。そんなげんてきこうりゅう魔法使いウィズダミストがいったいなにをたせる? もんだよ」

ぶり……てめえのほうこそめずらしいじゃねえか」

「なんのはなしだ」

今日きょうのおまえ、くちかずおおいぜ」

あるじははぎみもくごとぶりをもとめるにんげんでね。かのじょがなければこそだ」

「いやいやいや――そうわれりゃなっとくしちまいそうだが――ちがくてよ」

「?」

「ずいぶんたのしそうにしゃべってんなって」

 しばし、へいこうさせられた。

 はずませるなどなかったむねわたしえる。

 ままならないこころだ。

 きょくあんじてしたで、おどらされようとは。

「……とうてんじようか」

 わたしはエプロンドレスのポケットかられいかみれをしてみせた。

「もののついでだ。これをんでくれ」

「ちっ……」

なんはすまい。ふくか?」

「ああ、ああふくだぜ。どうしておまえなんだよ……おれがたすけをんだやつはおまえなんかじゃねえ! ゼノだ!」

 アルトゥールはさけび、いでくずれるようにかたひざった。

 いしだたみきこぼして。

「アルトゥール。なんだそのざまは。かおがいしょうだけではないな?」

「……っは……なことより、ゼノをれてきやがれ」

ほうがくいんにいるだろう」

「いなかったんだよ!」

 な。

 なのにいなかった、姿すがたえなかったとのたまうつもりか。このおとこは。

 つくづくこざかしい。

「ーー、はーー……きょうれんちゅうにバレたくはねえ。ゼノならどうにかできると、おもってたんだが、なあ……」

あるじでんしょばとはなったじんぶつきみだった、というわけか」

「……おまえも、がっあくどうだっておもってんだろ……!」

おおがらだよ」

 わたしはアルトゥールとせんおなじくする。

 つまんだエプロンドレスのまえれで、かれくちもとにこびりつけたくんしょういたましさをぬぐいたかったのだ。

ぎょうよごしてはあらう。それもわたしせきだ。なにもあんずるな」

「ぶ、ぶり……?」

オミナスわたしめよう」

「なっ――」

みつなるうちに、きみともたすけたうえで」

 わたしってほうがくいんへとすすみだす。

 ぎわにささやかなせいいて。

めんぽうこうをたどれ。かいふくほうけた麺麭屋の看板娘パーニスやしてくれるだろう」

 やっかいばらいだった。

 わたしあるじけんさせざるがゆえ。

「†放たれし、女のごとき、かなしみをbride and groom――」

 かいりょくえず、うとかれど、わたしわたしほうそらんず。

 ごとだとあざけやからかがみをのぞかすきょうにて。

「――よわき男の、感ずる日なりbring sorrow to the world†」

 うた詩客ポエットじょがごとく。

 ほんのちょうやくをもって、わたしからだほうがくいんへのりゅうせいした。

 ねがったのだ。

 あるじへとかれゆくそうを。

 アルトゥールとのかいこうがもたらしたぎゃくせつ

 わたしみとめ、けんとうかくあらためた。

「『あんたんをすすってきるやからわざ』だと? とんださくだった」

 ほうがくいんじょうきつくかいろうほうちからいきおくだき、わたしがくいんないへとちゃくした。

 ふんじんきりれてゆく。

「――すすりきみすべきらくいんではない。そうだろう、ゼノあるじ

 わたしあわれみをげかけた。

 にんげんならざるはいにくりゅうさせ、ばいに、おもさをおそらく一〇すうばいげていようつばさてるオミナスよこがおへ。

 かお、とはいすぎたな。ひょうじょうけている。

 くろがねめんやぶったがごときおおぐちもんかえせまいが。

りょうしつか。ゆかてんじょうくずれかかっている。ぶつてきかいによるれざまだが、かくしょあとほうだな」

『ッィイイイイイィィィィィイイイイッッッ……!!』

せいしゅくに」

 わたしおくをやった。

 かべぎわにひとり、たなしたきがふたり。どうだにしていない。

 やはりアルトゥールのさんにんともはここでめようとしたのか。アルトゥールにたすけをびにかせたならてんがいく。

 かれらとあるじけいもんす。

 おおかたひとがらにつけみ、あるじ使つかばしりよろしくようしたのだろう。

ぼうそうきざしをかんするきみではなかろうに。がいしておもらかであり、じつしんこくなるものが『みつ』だ。かれらとのほだしがそれにあたいするのか?」

 ぼうそうとはさくらんだ。

 そうしつおよびオミナスたるきょうぼうせいはつげんとはいっせんかくする。

ませあるじあいそうきるぞ」

 こととどく。

『――――ッッッ!!』

 しゅんかんくろがねつめわたしはらつらぬかれようと。

 けつさえおくれるじんそくだった。わたしオミナスたかだかばされ、かれのややまえはずんだ。

 いたむ。みだれる。ねっする。めない。

「っ…………、……ふ。いまのはそくだったようだ」

 わたしよこたおれたままふくをさする。

 きずあとはなかった。

 エプロンドレスにしょうじたたましいのインクでよごれようとも。

 ――かいへのてんせいしゃ

 くるしむわたししきてることをゆるさぬかたきのだ。

「やれやれ、またぎをて――」

 オミナスじょうはったつしたうでせまる。ねらいはくびだ。あっけなくわたしげられ、こんはとくにぎりつぶされた。

 もはやわかれもしなかった。

 たいまんぞくのまま、すりけるようにわたししりもちをつく。ごくいちてきけいついくだかれたことにいんするあしのしびれも、じきやんだ。

「ーー……いたむ、とも。てんせいとやらのだいしょうだとわたしかんがえる」

 うなるオミナスわたしげた。

「このかいわたしちからはふたつ。ひとつはこののろわしきてんせいのうりょく。もうひとつはたんほう――あるじけてくれたね」

 どちらもげんじょうわたしかぎったちからといえよう。

 てんせいとやらはさておき、たんほうみはめいかいだ。

 このかいにあまねくほうが「そう」にたんはっするしょうしきであり、これにそくしていればせいじゃべつなくのうする。

 たんがゆえ、りょくばれるしょうのエネルギーをついやせずとも。

「さああるじぼうそうまくきだ。みつをあるべき姿すがたつつなおそう。きみオミナスだとわたまえに」

『……ッッッ、ィィィィイイイイイッッッ……!!』

「†働けど、働けど猶、我が生活living my life――」

 わたしそらんず。

 まみれのかいにかざして。

「――楽にならざり、ぢっと手を見るof no future in darkness†」

 やみからやみに、しっこくうずく。

 それはわたしオミナスみ、せまからぬあらしゆうへいした。

 じんちんにゅうあたわず。あらわすことあたわず。

 みつきょうゆうせしめるはただ、ひかりのみ。

たまごさきか、にわとりさきか」

 つうこくふるえるからだよ、がれ。

 わたしかっこうをつけさせてくれ。

をもってのてんせいか、せいけてのてんせいか。いまわたしにはどちらもおなじだ。すなわち――」

 オミナスに張りつく黒金の面。

 ひたいしたおおぐちとはべつえるだろう。まるでせきがんだ。

 かくなるへいくうかんにおいて、あのなかしんえんのみがわたしかんそくするといえよう。

「――ふさげ。わたしころしたければ」

 わたしあんふくしゅううながした。

『イイイイィ……ッッッ、ッッッ……!』

あるじ

『ィ、ーー……、…………』

 こととどいた。

 もうりょうかずあれど、かいこんにかぶりをるうがどこにいる。

 ひざからくずちたこのオミナスまごうことなき、わたしあるじだ。

『……ッヵ。ボ、く……』

ふさがなかったね。かえろうか。あるじ

 うた詩客ポエットじょがごとく。

 さだめたあるじいえみちれへといざなう。

「†石狩の、都の外の、君が家、林檎の花のthe witch apples are redder――」

散りてやあらむthan love†』

「! ……ふふ」

 にんげんならざるはいにくがひびれ、くろがねめんもろともにあまおとあざむく。

 オミナスからこぼれたあるじわたしようした。

 そらんぜられたしろかんがふたりをかくしてつぼむよりつよく、いとおしく。

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