第50話 野球少年と選択 Ⅱ
「この前はすみませんでした。あれだけでかい事言ってたのに、取り乱して帰っちゃって」
先輩の前に立ち、深々と頭を下げる。
まずこれはだけはしなければならないと思っていた。
絶対に謝らないといけなかった。
……時間が経てば経つ程、あの時の行動が良くなかったと強く思う。
「し、仕方ない……圭一郎くんは悪くない」
俯いたまま、先輩は言う。
「圭一郎くんは……何も悪くない。悪いのは全部ウチ……だから」
「……とりあえず俺も先輩も悪くないって事で手を打ちませんか」
顔を上げてそう返す俺に先輩は呟く。
「……ウチは悪い」
「手を打ちましょう」
「…………うん」
どこか納得がいかないように頷く先輩を見ながら、俺は対面の椅子に腰を下ろした。
「先輩。これ別に気を使って言ってる訳じゃないですからね。催眠アプリも何も関係ない。素の俺が先輩は悪くないって思って言ってるんですからね」
「…………ありがとう」
先輩自身がどう思っているかはともかく、これで俺が先輩の事を悪く思っていない事は伝わっただろうか?
……伝わっていれば良いなと思う。
そして悪い悪くないという不毛な話がひとまず終わり……先輩から切り出す形で、これからの話を始める。
本当に力無い声音で。
「……や……野球部……入るのか?」
あれからコミュニケーションを取っていなかった以上、先輩には伝えていなかった訳だけど……察していたのかもしれない。
この人は人と話したりするのが苦手なだけで、別に鈍感だったりするわけでは無いから。
「……ええ」
素直に認める。
隠すような事でもないし、隠せるような事でも無い。
「……やっぱり」
先輩は力無くそう呟いてから、俯いたまま言葉を紡ぐ。
「あ、あの時の圭一郎君……見たこと無い顔、してた。きっと野球を辞めちゃ駄目だったんだって……分かったんだって、そう思ったから」
……本当に俺はあの時どんな表情を浮かべていたのだろうか。
……本当に、本当に碌でもない表情を浮かべていたんだろうなと思う。
「……そ、それに……今日、田山さんが凄く機嫌良さそうだった。な、何か聞いたわけじゃ無いけど……そういう事なんだろうなって」
「……そうですか」
あの日の電話で、野球部に入りたい旨を伝えた。
正直失礼なやり方だったとは思う。
本当は直接会って頭を下げなくちゃいけないような事なのは分かっているから。
それでも練習中に部外者が足を運んで邪魔をする訳にもいかないし……それにできれば確実に白井先輩の目にとまらない所で話をしたかったから。
だから直接連絡を取ろうとして、そして成功した訳だが……その会話の結果は、俺の望む形で終わった。
俺が野球部に入りたいという事も。
それに付随する自分勝手な条件も。
少なくとも田山先輩は。
そして今日機嫌が良かったのが、自惚れかもしれないが俺が入部する事なのだとすれば、野球部として受け入れてくれた。
本当に恵まれた話だと思う。
普通は無理だ。
少なくとも俺が提示した後者の条件は。
そして先輩は言う。
絞り出すような声音で。
「……頑張って。ウチも、お、応援……してる」
俺の事を応援してくれた。
「……ええ、頑張りますよ俺」
言葉に嘘は無い。
頑張るさ。
ずっと離れていたからか。
離れて初めて見えてくる物もあったのか。
少なくとも春よりは、俺の中にある野球に対する熱は熱い。
今なら多分俺は頑張れると思う。
そして俺を応援してくれた先輩に対して言葉を紡ぐ。
俺が今日此処に来た理由。
直接会って伝えなきゃいけなかった大切な話。
俺が田山先輩に伝えた、自分勝手な要求。
「でも、文芸部も辞めるつもりありませんよ」
俺達の、今後の話を。
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