第3話 陰キャ先輩と読書

「ぶ、文芸部は主に読んで書く。それが活動内容だ。こ、今年はその路線メインで……」


「その路線以外あります?」


 淹れて貰ったお茶を啜りながら至極真っ当な返答をすると、白井先輩は少し目を反らして頬を掻きながら言う。


「去年は……ちょっとエキサイティングだった」


 スポーツでもやってた?


「あとちょっとアグレッシブ」


 やっぱりスポーツやってない? やってるよね?


「ちょっと……ちょっとだったかな?」


 ちょっとであってくれ頼むから。

 元凶知ってるからこそ尚更だ。


「と、とりあえずウチが変な部活だったって誤認しないように……ぶ、文芸部らしい成果物あるから、読んで。きょ、去年の秋の文化祭で出した部誌」


「あ、どうも」


 部誌を受け取り一瞥。


「なんというか、表紙の絵うまいですね」


 言いながら先輩の方を見ると程よいドヤ顔を浮かべていた。

 あ、腕も組んだよこの人。ラーメン屋みてえ。


「い、良い感じだろ……」


「そうですね。滅茶苦茶良いですよこれ」


 文芸部っていうか、美術部とか漫研みたいな活躍の仕方な気がするけど。


「ち、ちなみにウチ、描いた」


「でしょうねえ」


 じゃなかったらその反応ちょっと意味…………いや、分かるな、それはそれで。

 俺だってチームメイトが褒められてたら嬉しいし誇らしかったもんな。そんなもんだろ。

 まあこの人がウチの姉貴を褒められてそんな反応するかは知らないけれども。


 ……さて、注目の中身はというと。


「…………」


「最初に乗ってる小説、ぱ、パッと見ただけで、良く書けてるだろ。ちなみに、それ書いたのあ、赤羽先輩」


 そして変わらずのドヤ顔を浮かべる先輩。

 ああ、どうやら先輩もその辺の感性は俺と似てるらしい。だったらさっきのでしょうねって反応は適切じゃ無かったな、うん。


 で、既に褒められる前提でそう言う先輩だけど……残念ながら俺には、俺の知らない姉貴の一面を正しく評価する事はできない。


「まあ……多分凄いんだろうなってのは分かります。なんとなくですけど」


 本当に姉貴が書いたのかって思う位にみっちりと詰め込まれた文章は、見る人が見れば良く書けている代物なのかもしれない。

 だけどその見る人の中に不甲斐ない事に俺はいない。


 受験に受かれるだけの最低限度の国語力はある筈だが、それがあるからと言って小説という文字の塊を正しく摂取できるかどうかは話が別なんだと思う。


「……読書、苦手?」


「ええ、まあ人並みには」


「人並みだと、た、多分読める」


 そうツッコまれるけどどうなんだろう。

 野球部の仲間連中は皆、夏休みの読書感想文に悪戦苦闘してたけど。

 読めば読む程頭が痛くなってくる。感想なんて辛かったしかねえよ。


 だからこうして見学に参加している最中に考えるのは良くないと思うんだけど……根本的に向いてない。


 そう考えている俺に対し、白井先輩は腕を組むラーメン屋スタイルのまま目を閉じて小さく唸る。

 そしてやがて開眼すると、俺に問いかけてきた。

 

「ち、ちなみに今まで読書感想文とか、どんなの、読んでた?」


「えーっと、俺でも知ってるような有名な作家さんとか、なんか凄い賞? とか取ってる作品を適当に……まあ読んでたっていう程頭に入っていないんですけど」


「……よくない、それは」


「……?」


 先輩はトテトテと言った様子で小走りで本棚へ向かい、何かを探しているようだ。

 うん、今のは擬音を付けるとしたらトテトテだな。凄い小動物感。


 そんな感想を先輩に対して抱いていた所で、一冊本棚から抜き出した先輩はこちらに戻ってきてその一冊を手渡してくる。


「これは?」


「い、今ある中で一番軽くて読みやすそうな……ライトノベル」


 手渡されたのは漫画の表紙のようにイラストが描かれた小説だ。


「ら、ラノベは読んだ事、あるか?」


「いや、無いですね。活字苦手だし……態々読むなら漫画で良いじゃんって」


「な、なら読んでみて、欲しい。赤羽先輩のは純文学っぽいし……た、多分圭一郎君が読んでたのも、難しい奴……だと思う。難しいの入り口にして……読書嫌いになる人、多い。勿体ない……」


 今度はインタビューを受けてる業界人のように、手でろくろを回すポーズで熱弁する先輩。


「へぇ……じゃあ折角なんで」


 ってそういえば。


「っていうか姉貴のはちょっと読んだけど、先輩のは読んで無いですね。先ちょっとそっちを──」


 改めて机の上に置いた部誌を手に取ろうとしたところで、それを先輩が確保して取り上げるように自分の頭上へ。

 いや、先輩ちっちゃいから取ろうと思えば取れるんだけど……とにかく先こっち読んでみろって事か。


 …………まああのまま読んで先輩の文章に難色を示したりしたら色々と最悪だからな。先輩的にもそれが嫌だったのかもしれない。


「……じゃあこっち読んでみますね」


「だ、駄目だって思ったら言って欲しい……読書、嫌々するもんじゃない……」


 現状あまり嬉々として読む感じでは無いんだけど……まあ頑張ってみるか。折角進めて貰ったんだし。


 ……そんな訳で読み始めて10分程経過した頃だろうか。

 15年生きてきて、ようやく気付けた事が有る。



 読書って嫌々するもんじゃないんだなと。



 そして少しキリの良い所で顔を上げて先輩の方を見ると、先輩は優し気な表情でこちらを見ていた。


「嫌な顔……してない」


 どうやらそういう事らしい。

 ……まあこれから野球部に入ると、練習とかで忙しくて基本読書はしなくなるんじゃないかなとは思うんだけど。


 良い発見にはなったと、そう思う。

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