第35話

「!」


「胡桃を諦めるつもりはないから」



耳に押しつけられた唇から直接、言葉を吹き込まれる。



耳朶じだに触れる唇の感触に、情けなくもまた硬直してしまう。


滾っていた血液が、別の熱を連れてくる。


甘く囁く声に、どくり、と心臓が脈打つ。



「それだけ覚えとけよ」



夏瑪くんは動けなくなってしまった私をおいて、さっさと出入口に向かう。


ノブに手をかけたところで、思い出したように振り返る。



「そうだ、おまえ来月から撮影だろ?」


「え、そうだけど……」



突然の問いに体の硬直も解ける。


何かと思えば仕事の話?



夏瑪くんは至って真剣な様子で口にした。




「時田には気をつけろ」

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