第10話

悪魔だ。


あの男は。




囁くような声の余韻に浸る。


弱冠20歳で実力派バンドを牽引するボーカルだけあって、その声は甘く耳に残る。



卓越した技術もさることながら、最大の魅力は聴く者の心を揺さぶる表現力。


インディーズ時代とはがらりと曲調を変え、若い女性をターゲットにファン層を広げたメジャーデビューシングルは、甘いルックスを武器にしたラブソングをメインに打ち出した。


才能と実力を兼ね備えたナツメこと杉浦夏瑪すぎうら なつめは、見事にその役を演じきったのだ。



そこにいたのは、たった1人の恋人を想う等身大の若者だった。



彼が切なく苦しい恋心を歌った数分間で、どれだけの女性が恋に落ちただろう。


それほど真に迫る歌声を持っているのが、杉浦夏瑪という男だ。



ドアを閉める間際、控室の内側と外側のわずかな隙間からは「これ貰ってっていいすか?」と能天気な声が滑り込む。


「どうぞー」と気安く答えるスタッフの声も。

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