4話 追手

「はぁはぁ......!鶴姉、速いよ......」

「我慢してくれ! とにかく走れ!」

走る鶴姉に腕を引っ張られながら、その速さに精一杯歩幅を合わせる。


「鶴姉、はぁはぁ、誰......が......追いかけてきてるの?」

「男が三人......おそらく全員刀みてえなもんを持ってる」

 


「そんな......どうして?」

「わかんねえけど、一つ言うなら――」

鶴姉は走りながら冷静な口調で話しだす。


「お仙の名は今じゃ江戸で知らねえ奴はいない」

「その中におまえを狙ってどうにかしてやろうなんて奴は、いくらでもいるんだよ」


「むしろ今までこういう目に遭わなかったのが不思議なくらいだ」


「......あちきのせいで、ごめんね鶴姉」


「だから言ってんだろ?そういう時のためにあたしがいるんだよ」

「まあでも、江戸一の美人も楽じゃねえなあ? フフっ」

こんな状況なのに鶴姉は笑ってあちきを安心させようとしてくれてる。



「――よし、こっちに逃げるぞ 撒いてやる!」

「え......?うん!」

寺通りの裏にある雑木林に逃げ込む。



 それからどれくらい走っただろうか。

あちきらは、雑木林の奥にある古びた神社の陰に隠れた。

根津の旅籠からはずいぶん離れたところに来てしまったらしい。



「はぁはぁ......流石にキツいな とりあえず撒けたみたいだな」

「よ、よかった......はぁはぁ もう、走れない......うっ....」



「お、お仙!?怪我したのか....!」

走っていて気づかなかったけど、下駄が壊れて足を切ってしまったらしい。



「だ、大丈夫だよ鶴姉...... 痛いけど、歩けると思うから」

「そうか、でもその下駄はもう捨てろ 足を縛ってやる」



「す、捨てるのはだめ!」

「大声出すな......!気づかれたらどうするんだ」


「ごめん....でもこれは、鶴姉があちきに買ってくれたやつだから」

「お、お仙........」


「わ、わかったよ 捨てねえから泣きそうな顔するな」




――天を見ると、月が綺麗だった。




「ったく、こんな時だってのにお月さんは呑気だな」

「しばらくここで休んで、平気そうだったらおまえをおぶって帰るからな」

「うん......ありがとう ごめんね」



 古びて傾きかけた社殿の柱に、二人で寄りかかる。




「鶴姉」

「ん、どうした?」



「あちきと初めて会った時のこと覚えてる?」

「ああ、もちろん覚えてるぞ」



「お前のこと思いっきりいじめてやろうって思ってたっけなあ」



「え......ちょっ....そ、そうなの?! 何で!?」



「あははは!わりいわりい 昔のあたしはさ、そういう奴だったんだよ」

鶴姉は笑いながら言う。


「それまでのあたしはさ、この見た目のせいでガキの頃から揶揄われててな そういう奴を片っ端からぶん殴ってるような毎日だったんだ」


「無論、おまえみたいな可愛くてみんなから好かれてそうな奴も憎くてたまらなかったぜ」


「だから世話焼きと護衛なんて絶対やらねえって思ってたし、おまえのこといじめて、すぐにわざと追い出されてやる気だった」



 ――初めて聞く話だった。鶴姉が異人の子で、見た目を揶揄われてたのは知ってた。



 でも――。



「つ、鶴姉......でも鶴姉はあちきのこと、一度たりともいじめたりしなかったじゃない!」

「それどころか......!」



 そう、鶴姉は出会った時からずっと......ずっとあちきに優しくて、一番の理解者でいてくれた。



「――フッ、そうだろうな。」


「覚えてるか? 初めて会った時、お前があたしに言ってくれた言葉......」



「............」



「......ええっと何だっけ?忘れちゃった」

「お、おい......おめえが忘れてんじゃねえかよ」


「へへへ、ごめん鶴姉」

「はあ、全くおまえってやつは......」



「おまえはあたしの顔を見て、こう言ってくれたんだよ」




「『きれいな目 うらやましい』ってな――」


「!!」




「――生まれて初めて言われたんだ、そんなこと」

「鶴姉......」




「お仙、おまえのおかげで今のあたしがいるんだ 」


 しんみりしたような、嬉しそうな顔をする鶴姉。

月明かりに照らされた鶴姉の青い瞳と赤い髪が、いつも以上に神秘的ですごく綺麗に見えた。

 


 ――そう、誰が何と言おうと、あちきは昔っから鶴姉の容姿が大好きなんだ。



「もう奴らも来ないみたいだし、帰るかお仙」

「そうだね」



 そう言って立ちあがろうとしたその時――



 スッ


「........!」


 

 ――気づいたら三人の男たちに囲まれてしまっていた。







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