第3話 息子の眼差し

 息子といつも通りお風呂に入っていた時のこと。急に「背中を流してあげるよ」と気の利いた事を言ってくれたので、お言葉に甘えてお願いをした。


 小さな手で一生懸命私の背中を洗っているのを見て、前の息子も似たような事をしてくれたなと懐かしみながら程よいマッサージを楽しんでいた。


 ふと鏡に視線を移すと、獣みたいな眼差しを向けている息子が写っていた。まるで私の事を女体として見ているかのような気がした。たちまち不快感を抱いてしまい、無理やり中断させた後、距離を開けて浴場に入った。



「彼は神童かもしれませんな」


 権威ある教会の大司教に息子の事を尋ねた所、たくわえた白髭を触りながらそう答えた。


「おそらく事故によって眠っていた力が解放されたのでしょう」

「で、でも、あんなに無邪気だった我が子が……その、えっと……急に別人みたいになるなんて」

「マーリラ公爵婦人」


 大司教は両手をポンッと軽く叩いた。


「戸惑うのも無理はないでしょう。ですが、子供は親の見えない所で成長していくのです。あまり束縛せずに離れて見守ってあげるのも親の務めだと思いませんか?」


 一瞬大司教が息子の顔に見えて、「やめて!」と突き放してしまった。大司教は「おとと」とよろめいた。私は我に返り、慌てて謝罪した。大司教は「いいんですよ」と笑顔で許した。


「お母様」


 背後から息子の声がして思わず全身が凍りそうになった。恐る恐る振り返ると、正装に着替えた息子が「もうすぐパーティが始まりますよ」と笑みを浮かべた。


「え、えぇ……そうね」


 私は無理やり作った笑顔で応え、大司教に挨拶をすると、アーサーの手を握った。すると、彼の方から強めに握り返してきた。それがまるで恋人のような握り方だったので、すぐにでも手を離したかったが、ここでもし振り払って息子に変な疑いをかけられたら怖いので、会場に着くまで必死に耐えた。



 パーティーでは大勢の貴族達が参加していた。アーサーは彼らに子供らしからぬ紳士な振る舞いで挨拶をしていた。これに周りから「しっかりしたお子さんですね」「うちの子も見習ってほしいわぁ」と褒めてくれた。


 表面上では愛想笑いをして受け流したが、内心は複雑だった。


 そんな中、叔母のレリーラと再会した。すると、息子が私達夫婦よりも早く挨拶して手袋にキスをしてきた。これには叔母は「まぁ」と照れた様子で見ていた。


 私は息子の積極的な態度にお風呂場での出来事を思い出してしまったが、すぐに首を振り払って忘れようと努力した。


 が、一週間経っても消える事はなかった。

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