第6話

 しばらく夢のあとのような心地で、呆然としていた。二人して、座り込んで動けなかった。


 急に学校に狼が表れたと思えば、人語を解して、まるで人間のような人質の取り方をした。それに対応したのは生徒会長で、その口から飛び出てきたのはわけのわからない単語。【決議】? 【忘れ形見】? 【直言の占者】?

 それから、わけのわからない光を放つ装飾品に、騎士を拝命したと語る傷が治る謎の少女?

 極めつけに、「漫然と祝福」されること?

 思考がまとまらない。ひとつひとつ考えれば言葉の意味も現状ももっと整理できる気がするのに、一歩だって思考が先に進まないままに、時間だけが過ぎていく。


「……なんなんだよ」


 呆然と過ごす時間を打ち破ったのは、ミナトのつぶやきだった。


「……なんなんだろうな」


 オウム返しのように、つぶやく。

 今見てきた光景は、今まで信じていた現実と乖離していた。こんな日常が、あることを今の今までちゃんとは理解できていなかった。


「でも、お前は知ってるんだろ」


 ミナトの声は真実を指すようだった。


「ほとんどなにもしらないよ」

「なあ、人類の姉って、なんなんだよ」


 それでいて、真剣さをはらんでいた。今までどこかに存在していた浮いた気配はなりを潜めているようだった。だから、僕自身も漠然と誤魔化すのはやめて、話してもいいことだけを話すことにする。


「……僕が知りたいと思う人のことだよ」

「へぇ? 人なのか。てっきり狼だと思っていたよ」

「逆だよ。狼を探すのはそっちの理由じゃない。

 むしろ、彼女は狼にきっと殺されたんだと思う」

「殺し?」

「もちろん、会えなくなっただけで、どこかで元気にしているのかもしれないけど」

「……そうか、何かあったのか」


 ここまで話すかを迷うものの、別段口をつぐむ内容でもない。今見た光景を照らし合わせれば、それほどの不思議もない。


「多分、狼と戦いに行って、その人はそれきり」

「……そうか」

「昔、その人……ミツキさんはうちに居候しててね」

「そうなのか? 見たことない気がするけどな」


 どこかから元気のないような言葉で返してくる。気遣いと、今の気力の限界がせめぎあった言葉なのだろうとわかるぐらいには、僕は打ちのめされてはいなかった。ひとつは、今までしっかりとは理解していなかったとしても、ミツキさんの件でそういう世界があることを覚悟はしていたからだろう。


「そうだっけ?」


 彼女はそれほど出不精でもなかったような気がするけれど、偶然タイミングがうまく合わなかったのだろうか?


「まあ、俺らがよくあっていたのは学校だったしな」

「そうだね」

「それで?」

「ミツキさんが、最後に言っていたんだ。明瞭に覚えているわけではないけれど。

 大意で言えば、夜は危ないと。狼の庭なのだと。

 それから、きっとそこに歩み出しては帰ってこなかった、のだと思う。帰ってこれないようなことをわかっていて、踏み出したんだと思う。

 そのミツキさんが「人類の姉」を自称していたんだよ」


「……何があったかわかったとは言えねえ。多分俺はなにもわかっちゃいねえ。お前自身だってわかってないんだろうし、なんか言ってないことがあるのかもしれねえ。

 でも、そこはいったんいい。それが会長とどうつながるんだ?」


 なんだかやけにあっさりとしたところが、ミナトの持ち味だと思う。 きっと、僕であればこうは割り切れないでいただろう。何から何まで知って、何から何まで自分で関わって、力を尽くせなければ、というエゴのようなものがあるのがわかる。自分でも制御できないないかのような力だ。


「わからない。でも」


「でも?」


「あの言い回しは、間違いなくあの人の言い回しだと思う。「漫然と祝福」されることなんて言い回しを、彼女も時々言っていた。そう簡単に出てくるか?」


「それだけでは弱いかもしれないが、その、人類の姉っていうのと合わせて考えれば、可能性は高そうだな。

 でも、それだけか……結局、なんもわからねえにちけぇなぁ」


 自嘲するように笑って、ミナトがらしくないような言葉をつなげる。


「なあんもねえなあ!! クソッ。気になってた人が危なそうな道を歩いているなら、追いかけては隣に立ちたいのがすべてだろ」


 そうだ、と安易に口にしかけて、言葉にならなかった。彼の前ではあらゆる言葉がノイズになるような気すらした。


「だけど、ここにいるんだ、俺らは。 つまるところ弱くて仕方がないから、今があるんだ。おんなじだ馬鹿野郎。多分俺は幼いころのサクとなんも違いねえ。年ばかり重ねて、きっと俺はお前の跡を歩いている。

 くやしいな……力がないのは。何もできないまま、何も知らされないまま、危ない処から隔離されているままってのは」


 ノイズかもしれなくとも、ずっと黙ってなんていられなくて、口を開く。

「そうだな」


「なんだか余裕があるじゃねえか」


 力なく笑って帰ってくる言葉に、否を突き付ける。


「いや。それは、多分違う」


 ずっと考えていたことを、口に出す。


「ついてきてほしい。試したいことがある。きっと、僕は、あの光を見たことがあるんだと思う」

 

 僕がうちのめされなかったふたつ目の理由は、あの時と違って、僕には対抗策の希望があったからにちがいない。 

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 06:30 予定は変更される可能性があります

夜庭 こむぎこ @komugikomugira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画