第3話

「狼です!! 俺はいると思うんですよね」


 あまりに馴れ馴れしい物言いに、さすがに止めたものかとすら思ってしまう。ただ、慣れているのか、生徒会長は淀むことなく答えた。


「そうですね。いると思いますよ」

「やっぱりそうっすよね? ほら、真壁生徒会長は嘘をつかない。だから今回は当たりだよ」

「……妙なこと言うやつですみません」


 不思議そうに微笑む姿は、どこか上品さすらまとっていた。


「いえ、いつも元気で助かっていますよ……それより、オオカミを探されているんですか?」


「いえ」と口を挟む前に横のヤツが「そうなんすよ、こいつ狼に目がなくて」と答える。誇張が幾分か入ったエピソードを繰り広げそうで、足を強く踏んで釘を刺す。


「イッてえ!!」


「危ないですから、あんまりふざけないでくださいね」


 会長から冷たく釘を刺されてしまう。


「狼の件も、ふざけて立ち入らないほうがいいです。危ないですから」


 足を止め、こちらを振り返って、会長が口にする。

 あのお姉さんに言われた言い回しにも似ていて、少しだけ感情の表面を逆なでられるようだった。真剣に踏み込んでいきたいのだ、と訴えたくもなりそうだった。それを抑え込めたとしても、何か知っているのかと聞いてみたい気持ちは抑えきれなかっただろう。

 けれど、なによりも意識を占領したのは目に入った別物だった。


 牙のような、何か。見たことのある、ストラップ。

 あの日、ミツキがくれた牙のようなお守りに、酷似しているように見えるなにかが、会長の鞄に飾られていた。

 

「……人類の姉について知っていることがあれば、教えていただけますか。」

 

 半ば意識から切り離されたように、口が動いていた。会長の表情が、いっそう静かになる。もともと落ち着いた印象の人だったけれど、落ち着きよりも踏み込んではいけない領域に土足で踏み込まれて警戒をしているような雰囲気へと変わっていた。


「人類の姉、ですか?」


「なんだそれ?」


 ミナトだけが能天気で、異音ですらあった。


「はい。人類の姉についてです」


 しばらく黙っては、会長は言葉を選ぶように口を開いた。 


「……放課後、生徒会室でお話できますか」


 質問に答えず、提案で返してくる。会長の言葉に嘘はないというのはこういう言い回しのわざからくるのだろうとも思わせる。

 けれど、完全に否定されないのは僥倖だった。あれ以来何も音沙汰のない彼女について、知れることがあるのなら知りたい。返事には迷わなかった。


「はい。伺います」


 すると会長も歯切れよく返事を返した。


「では、また放課後」


 そう答えては会長は足早に後者へと進んでいってしまう。僕も、「おい、なんだよそれ」というミナトを置いて、教室へ向かった。


 *


 気になることがあるからか、授業にはなかなか集中できなかった。

 会長は彼女の知り合いだろうか。何かを知っているのだろうか。あの場で答えられない何かが起きているのだろうか。果たしてそれを教えてくれるのだろうか。


 最後の授業のチャイムが鳴ると同時に、何か所か空欄が残ったプリントをファイルに綴じる。すでにまとめてあった荷物を手に、真っ先に生徒会室へ向かおうとするが。立ちはだかったのはミナトだった。同様に支度を整えていたのか、隣のクラスから真っ先に出てきて、ドアの前で待ち伏せをしていたのだった。


「今朝の、なんだったんだ?」


 問う言葉は、いつも通りの気楽なものだった。もしこれが嫉妬や別の重たい感情が含まれていたのなら、困ってしまうところだったけれど、そうは向かないのがミナトだった。


「今朝のって?」

「下手な誤魔化しだな。人類の姉ってなんなんだ?」


 そう聞かれると、昔に出会ったお姉さんで、今も探している人のこと、とはなんだか答えにくくて「……単なるユメで見た話だよ」と誤魔化しを重ねる。


「どうして夢で見た話で先輩と繋がるんだ?」

「さぁな。それを聞きに行くんだろ」

「いや、ほんとに何でいきなり人類の姉とかいう単語でふたりで通じてるんだ? わっかんねえなぁ。会長もお前にあって変になったのか? 狼に関わると変だぜお前」

 かもね、とは言わずに生徒会室へ向かおうとする。


「よし、それじゃあ俺もついてって話を聞くぜ。いいな? いや、単に気になるんだよ。俺に話せない話ならその時はまあ、後で教えてくれればいいからさ。聞きに行くぐらいいいだろ」


 そう言うのなら、別段止める理由もない。というよりもこれ以上時間を失ってしまう方が無駄な気がして、うなずく。


「そうと決まればついて来いよ、生徒会室なんてあんまりいかねえだろ」


 そういうとミナトが先導して、生徒会室に向かうことになった。

 階段を上って、生徒会室にたどりつくと、生徒会室のドアは開いていた。けれど。一人しかいなかった。


「あれ、桜木さん?」とミナトが話しかける。

 気弱そうな彼女はふっと笑顔をほころばせて「ミナトさん、お疲れ様です」と深々とお辞儀をした。簡単に挨拶をしてはミナトが要件を伝える。

 すると彼女はより気弱そうな顔をして、口を開いた。

「すみません。会長も、副会長もさっき来たんですけど。慌てて倉庫へ行かれてしまいました。来客があればお待ちいただくようにと聞いているのですが……」


「どうする?倉庫だったらこっちからいくか」


 ミナトのその言葉にに頷こうとしたとき。


 生徒会室の真下、ちょうど倉庫があるあたりから、大きな音が響いた。



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夜庭 こむぎこ @komugikomugira

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