第39話 薬師、畏敬の笑顔を覚える ※一部父親視点

 魔物の討伐に向かったわしは馬に跨りながら、メディスンから渡された物を眺める。


「ふふふ、息子から初めてプレゼントされたぞ」


 袋の中にはメディスンお手製の回復薬が入っている。

 ポーションと違ってかさばりもしないし、持ち運びがしやすいところが利点だ。

 魔物と戦いやすいように、息子が配慮してくれたのだろう。


 ああ、あいつはなんて良い子に育っているんだ。

 それに今まで距離間がわからなかったわしに、メディスンから歩み寄ってくれた。

 それだけでわしは涙が溢れそうになった。


 妻が遠くで泣くなと合図を送っていたから、必死に無表情を貫いていたが、ちゃんと威厳は保てていただろうか。

 出発前に情けない姿は見せられないからな。


「せっかくだから使わずに飾るのがいいか」


 数にも限度があるからな。

 一つも使わずに全て額縁に入れて飾るのが良いだろう。


「メディスンってあんな魅力的だったのか……」


 隣ではセリオスが何か考えごとをしているようだ。

 同じ学園に通う同級生だったはずだ。

 こいつは何を言ってるんだ?


「昔からメディスンは魅力的だぞ。セリオス様が気づいてなかっただけです」


 毎日目に入っているはずなのに気づかなかったとは、目が節穴なんだろうか。

 わしなんて学園の入学が近づくたびに、枕を濡らすほど泣きまくったのが昨日のように感じる。


「そうか、惜しい時間を過ごしていたようだな」


 メディスンの良さに気づけたなら、それで問題はない。

 

 それにしても魔物の討伐に向かう空気とは思えないほど、和やかな空気が漂っている。

 それだけメディスンのプレゼント効果が出ているようだ。

 さすがわしの息子だな。

 頭を使って考えた良い作戦でわしは胸が熱くなる。


 いかんいかん。

 こんなところで泣いたら、騎士達の士気が下がってしまう。


 ただ、わし以外にプレゼントを渡しているのが気に食わない。

 それにどこかセリオスがメディスンに興味を持ち始めているような気がする。

 さっきから回復薬を見ては、何か考えてニヤニヤしているからな。

 あいつにばかり魔物が向かうように仕向けてやろう。


「辺境伯様、森の奥にゴブリンの集団がいます」

「ああ、わかった」


 偵察に行っていた騎士からの報告では、森の中でゴブリンが集落を作っているらしい。

 ここはセリオスに先頭を行かせて、活躍の場所を作った方が良さそうだ。

 ゴブリン程度なら一人である程度は対処できるだろう。


 ほんの少しだけ遅れていけば、傷ついたセリオスはメディスンの回復薬の凄さがわかるだろう。

 あいつは我が家に協力してくれる味方と思わせた敵だからな。

 それに回復薬は小さいから、持って帰らせるわけにはいかない。

 あれは本来わしのも……領地のものだ。


「ここはセリオス様……いや待て」


 いやいや、そのままセリオスが活躍したら、戻った時にはチヤホヤされるのはセリオスになる。

 メディスンやノクス、そして我が家のスーパーキュートで可愛いステラすらハグしている姿が想像できるぞ。


 ひょっとしたら、婚期が遅れたメディスンを嫁に欲しいって言ってくるかもしれない。

 可愛い息子をあんないけ好かない男に渡すなんてわしは許さないぞ!


「わしがチヤホヤされるんだあああああ!」


 わしは剣を掲げてゴブリンの集落に突撃していく。


 ♢


 父やセリオス、騎士達が魔物の討伐に行ってから三日ほどが経った。

 今回の遠征は五日ほど行われる。


 俺は魔石の件で冒険者ギルドに用事があり町に来ていた。


「メディスン様は俺達みたいな孤児にも慈悲深い人だ」

「君もぜひメディスン様のために騎士に入団して――」

「お前達は何をやってるんだ!」


 勝手に布教活動をしている若手騎士を後ろから蹴る。


「メディスン様……どうして私を蹴ってくれないですか……」


 その中にはクレイディーもいた。

 騎士がいない間、若手騎士達が城や町の周辺警備をしている。

 普段は騎士達がしている仕事を自分達がやって、改めて騎士というものの仕事を再認識するためだ。


「ああん、メディスン様」

「もう一度お願いします」


 ただ、若手騎士にとってはご褒美だったようだ。

 声をかけられていた少年はその姿に驚き、走って逃げてしまった。

 別に俺の顔が気持ち悪いってわけではないよな?

 今日も無表情で生活する訓練をして、笑ってはいないはず。


「あと町の中で名前を言うのはやめてくれ。俺は正体を隠しているんだぞ」

「なんでですか!?」

「こういう時こそメディスン様の名前を広めて、ゆくゆくはメディスン教を世界中に広めて――」

「もう一回蹴ろうか?」

「「はい! もう一度お願いします!」」


 ここはすぐにこの場を離れる方が良いだろう。

 嬉しそうな顔で蹴りを催促されると、俺もどうしていいかわからなくなる。


「次は私からお願いいたします!」


 それに視界には入っているが、クレイディーはここにはいない扱いだ。

 なぜか股間を突き出して、蹴られる準備をしているやつはこの領地にはいらない。


――ドスン!


 冒険者ギルドに行こうとしたら、誰かにぶつかってしまった。


「ああ、すまない。大丈夫――」

「おいおい、メディスン様にぶつかって謝りもないのか?」

「即刻死刑になりたいようだな!」


 本当にこいつらはここの領地を守る騎士になりたいのだろうか。

 暴力団かチンピラって言葉の方が合っている。

 それに今はそれどころじゃないからな。


「メディスン様、お怪我は……いぎゃああああ!」

「己、こやつメディスン様に怪我をさせたようだな」


 ぶつかった男は血だらけになっており、俺にぶつかった拍子に俺に血がついてしまった。

 そんな男を囲む若手騎士達。

 どこからどう見ても、騎士が領民に暴力しているようにしか見えない。


「おいおい、どこからどう見ても俺の血ではないだろ!」

「ああ、そうですね。メディスン様の血なら、黄金に輝いていますね」


 俺はいつから黄金の血が流れる怪物になったのだろうか。

 俺はすぐに回復タブレットを合成する。

 原因はわからないが、HPとMPが回復するだけで命が助かる可能性があるからな。


「おい、これを噛めるか?」


 口に入れるが反応がない。

 こういうときに液体のポーションじゃないことが、回復タブレットの問題だろう。


「おい、メディスン様の回復薬が飲めないのか?」

「意識がなくても回復薬を入れられたら、口を動かせと習わなかったのか?」


 クレイディーは男の顎下に手を添えると、頭を支えて動かしていく。


――ガタガタガタガタ!


 明らかに顎を操作して動かす音じゃないぞ……。


「うっ……」

「ふぅー、無事でよかった」


 ただ、強制的に咀嚼させたのがよかったのだろう。

 男は意識を取り戻した。

 それでもこの状況に困惑しているようだ。

 目を覚まして騎士達に囲まれていたらびっくりするだろう。


「お前達やめろ! とりあえず、もう少し食べたら元気になるからな」


 俺が追加の回復タブレットを渡すと、傷は塞がっていき、呼吸も次第に落ち着いてくる。

 まずは男から状況を確認するために、話を聞いていこう。


「助けていたたぎありがとうございます」

「ぐへへへへ」


 ついつい微笑んでしまった。

 不意にお礼を言われると、せっかく無表情を貫いていたのに崩れてしまう。

 

「きもち……」

「おっ、おい!?」


 男はその場で再び意識を失ってしまった。

 血を流し過ぎて貧血になったのだろうか。


「ああ、畏敬いけいの笑顔で天に召されたのか」

「メディスン様の笑顔は神のように不気味だからな」


 これは褒められているのだろうか?

 それにきっと俺の顔を見て気絶したわけではないからな。

 これは確実に貧血だ!

 貧血しか理由はないからな!

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