第40話 薬師、異常を知らせる

「はぁ……はぁ……、目を覚ましたか?」

「ああ、痛っ……!?」

「まだ怪我が酷いんですね。これを飲んでください」


 俺は追加でこれでもかと思うほど、回復タブレットを渡す。


「なぜ、こんなに顔が痛いんでしょうか……」

「それはメディスン様が愛のビンタで――」

「それだけ傷が深かったんでしょう!」


 今度こそ無表情を貫いて話を進めていく。

 再び気絶した後、すぐに目を覚まさせるために頬に何度もビンタをした。

 もちろん医療従事者として不適切な行為だとはわかっている。

 途中でクレイディーが庇うように邪魔をしてきたが、それどころではなかった。

 さっきからずっと胸騒ぎがしていた。

 頭では父達が魔物の討伐に向かったから問題ないと思っている。

 ただ、ゲームの中のメディスンの言葉がずっと引っかかっていた。


「それで何があったんですか?」

「魔物の大群がこっちに押し寄せているんだ!」

「それなら領主達が討伐に――」

「違うんだ! 普段は魔物がいないはずの東の森から魔物が向かってきてるんだ!」


 この領地は南側以外は近辺に山や森が接している。

 その中で魔物が住むのは、北側の森と西側の山だけだ。

 山は飛んでいる魔物ばかりで、近づかない限り降りてくることはない。

 気をつけるのは北にある森だけのため、父達はそこへ魔物の討伐に向かった。


「今すぐに冒険者ギルドに魔物が近づいていることを知らせてくれ」

「わかりました」


 クレイディーはすぐに冒険者ギルドに向かって走っていく。

 さっきまで処罰をおねだりしていた人物とは思えないほど、素早く行動している。

 本来あれが騎士としての姿……いや、今あいつ嬉しそうにスキップをしていたぞ。

 そういえば、あいつに命令をしたのは初めてだったからな。


「他の騎士達は領民を避難させてくれ」

「「「「「イエッサアアァァァ!」」」」」


 若手騎士達の声が町の中に響く。

 ああ、これで俺がこの領地の息子だとバレるだろう。


「メディスン様ってあの領主の息子だよな?」

「残忍だって噂の……」


 俺の本来の姿に気付いたのか、周囲からは声が聞こえてくる。

 もう前のようには楽しい時間は過ごせないだろう。

 持ち前の影の薄さとただの薬師感を演出していたのにな……。

 まずは領民を一ヶ所へ誘導しながら、状況を確認するしかない。


「この町に魔物が近づいているようです。騎士達に従って行動してください」


 俺の言葉に領民達が動いてくれるのだろうか。


「でもあいつってただの変態だろ?」

「ああ、子ども好きの気持ち悪い薬師だったな」


 それでもただの変態薬師で通っているようだ。

 それはそれで安心して良いのかと疑問に思ってしまう。


「避難はわかった! だが、俺達はどこに行ったらいいんだ?」

「ここにはそこまで広い場所はないぞ」


 こういう場合はどうするべきが正解なんだろうか。

 広くてみんなが集まれるようなところ――。


「どこか逃げる場所……ルクシード辺境伯家の屋敷に向かってください! できれば食料や水分も運べるだけお願いします」


 両親達が帰ってくるまで約2日間はある。

 それまでどうにか耐えることができたら、俺達は無事に生き残ることができるだろう。


「わかった! 俺達もすぐに荷物をまとめてくる!」

「兄ちゃん……いや、メディスン様も早く安全なところに逃げてくださいね」


 避難場所が決まればすぐに荷物を家に取りに行って、屋敷に向かって避難を始める。

 その間に俺はクレイディーを追いかけるように、冒険者ギルドに向かった。


「ギルドマスター!」

「ああ、話は聞いている。ちょうど冒険者ギルドから数名偵察に行かせた」

「ありがとうございます」

「町は俺達冒険者が守るから大丈夫だ!」


 すでにギルド内にいる冒険者は戦闘の準備を終えていた。

 俺は全員に配れるように回復タブレットを合成して用意する。


――カーン!カーン!カーン!カーン!


 普段とは異なる鐘の音が何度も鳴り響く。

 異常を知らせる鐘が鳴ったということは、何かがあったことを意味する。


――バン!


「ギルドマスター、オークの大群が近くまで迫ってきています! 中にはオークジェネラルやオークキングまで……」


 偵察に行っていた冒険者が帰ってきたのだろう。

 すぐに帰ってきたということは、本当に近くまで魔物達が迫ってきていることを示唆していた。

 今のままだと町の人達も逃げきれていないはずだ。


「お前ら、この地を守るのは誰だ!」

「「「俺達冒険者だ!」」」

「メディスン様を守るのは誰だ!」

「「「俺達冒険者だ!」」」


 己を鼓舞して、戦いに行く準備はできたようだ。

 それだけオークの上位種が強い魔物なんだろう。


「一緒に戦えず……すまない」


 俺に戦う力がないことに嫌気がさしてくる。

 少しでも剣が上手に扱えていたら、俺も一緒に戦えていたのだろう。


「俺は守らなくてもいいから、死にそうになったら――」

「それ以上は言わないでくれ。俺達は守りたいやつを守るだけだ」

「なぜそこまでして……」

「お前は俺達冒険者のかゆみを取っ払ってくれた神様だからな!」

「それに雪の病魔の時は一番に駆けつけてくれたことは知っている」


 小さな努力が少しずつ実を結び、町の人達を変えたのだろう。

 出発する冒険者に向け、俺は合成したばかりの回復タブレットを渡す。


「俺ができることはこれだけです。どうかご無事に戻ってきてください」

「ああ、俺達はメディスン様のために戦ってくるからな!」


 町から出ていく冒険者達の後ろ姿は、とても大きくかっこよく見えた。


「そういえば、また同じような言葉で見送っている気が……いや、今はそれどころじゃないな!」


 俺もすぐに冒険者ギルドを出て、ルクシード辺境伯家の屋敷に戻ることにした。

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