第38話 薬師、やるべきことをする
自分の部屋に早く帰っていく俺の姿を見たラナは大きなため息を吐いていた。
まさかこんなに早く帰ってくるとは思わなかったのだろう。
「本当に不器用ですね……」
「何か言ったか?」
「いえ、お食事はどうでしたか?」
「緊張してそれどころではなかったな」
正直あの雰囲気では食べる余裕もないだろう。
そもそも一緒の空間にいるだけで、息が詰まってくるからな。
ただ、俺はあの場で宣言したように、自分ができることをするだけだ。
魔物と戦う戦場も知らなければ、魔物の種類すらわからない。
俺が唯一できることは薬師として、薬を作ることだけだ。
戦場に出る父やセリオスだけではなく、騎士達の命を守ることができるからな。
「マナタブレットを食べながら作れば、両方とも500錠ずつは作れそうだな」
マナタブレットを口に入れながら、何度も合成を繰り返す。
栄養ドリンクを飲みながら、繁忙期に一人で働いていた時を思い出す。
田舎でも感染症や花粉症の流行時期はたくさん人が来るし、俺しかいなければやるしかなかったからな。
「メディスン様、袋の用意ができました」
その隣でラナは小さな袋に同じ数ずつ二種類の回復タブレットを入れていく。
「あー、頭がクラクラするのは副作用だったんだな」
ライフタブレットの副作用がわかったことで、マナタブレットを飲んだ時に頭痛が起きるのは過剰摂取した時の副作用だと気づいた。
ポーションには副作用はないが、過剰摂取による副作用に今まで気づかれることがなかっただけかもしれない。
タブレットだとポーションとは違って、無限に摂取できるからな。
「やっと終わ……」
頭痛と引き換えに大量の回復タブレットができた。
ただ、俺は疲労のあまりその場で倒れるように眠りについた。
「メディスン様、全部詰め終わり……ふふふ、本当に親子揃って不器用なんだから」
チカチカと光が目元を照らす。
「んー、昨日はそのまま気絶したのか」
翌朝、目を覚ますと俺はテーブルに顔を伏せて寝ていた。
起きたばかりの俺は、体を伸ばすと布団が落ちていく。
背中には布団がかけられてあった。
きっとラナが用意してくれたと思うが、お礼を伝えようにも肝心のラナの姿が見当たらない。
普段なら朝には俺を起こしにくるのに……。
「えっ!? もうこんな時間なのか!」
時計を見ると、すでに昼食を知らせる鐘が鳴る一時間ほど前になっていた。
すぐに袋に詰めた回復タブレットを手に取り、本館に向かっていく。
何時に魔物の討伐に向かうかは聞いていなかったが、さすがに夜中や朝早くに行くことはない。
朝はまだひんやりとするため、騎士達の士気も下がるからな。
「あっ、メディスン様!」
どこかで声をかけられている気がしたが、俺は必死に走る。
あれだけ大変な思いをしたのに、回復タブレットを渡せなかったら、無理して作った意味がない。
庭には騎士達が並び、先頭に父やセリオスが立っていた。
ちょうど出発前に士気を高めていたのだろう。
「やっぱりライフタブレットはすごいな」
前よりも体力がついたため、本館に着いた頃には息切れもしていない。
姿勢を正して近づいていく。
「メディスン、遅かったな」
すでにステラやノクスも見送りに来ているため、俺が一番最後のようだ。
「遅れて申し訳ありません」
「ああ、髪も整えず今まで何をしていたんだ?」
寝起きで来たから髪が寝癖で跳ねているのだろう。
急いで手で押さえるが、すぐにピョンピョンと跳ねてくる。
「くくく、兄さん」
「ふふふ、ねぼしゅけだね」
そんな俺を見てノクスとステラは笑っていた。
ただ、父と目が合うと鬼のような怖い顔をしていた。
今から魔物を討伐しにいくのに、さすがに俺みたいな気が抜けたやつが見送りにきたら嫌だろう。
素早く回復タブレットだけ渡して、この場から立ち去ることにした。
「騎士団長、父をよろしくお願いいたします」
見慣れた騎士団長に渡すと中を確認していた。
騎士達の分も含めて大量の回復タブレットが入っている。
「久しぶりだな……」
実験を終えてから、騎士団長にはライフタブレットを配ることはなくなった。
騎士団長の奥さんに迷惑をかけることになるからな。
「くくく、これがないと物足りなかったからな」
ただ、騎士団長の顔はニヤニヤとしていた。
小さな声で何かを呟いていたが、俺には聞こえなかった。
騎士団長は過剰摂取の恐ろしさが身に染みているから、飲みすぎることはないだろう。
次は近くにいたセリオスに渡す。
久しぶりに間近で見るセリオスはどこかゲームの中よりは幼く見えた。
ただ、キャラクター投票の1位を王子と接戦するほどのビジュアルだ。
キラキラする見た目に俺は顔が上げられない。
「俺ができることはこれだけです。どうかご無事に戻ってきてください」
それだけを伝えてセリオスから離れる。
問題は父にどうやって渡すかだ。
今まで話したこともあまりないし、近寄るだけでも背中がゾクゾクする。
今も鬼のような顔で俺を睨んでいるからな。
「はい!」
渡すだけだから言葉なんてものは必要ない。
俺はすぐに回復タブレットを渡して、その場から立ち去る。
なるべく父とは関わりたくはないからな。
さっきも回復タブレットを渡した時、体が震えていた。
きっと今頃はもっと頭を使えと怒りながら、回復タブレットを投げているかもしれないな。
回復タブレットを作り続けて疲れが残っている俺は、離れの屋敷に戻ってきた。
「それにしてもさっき言った言葉、どこかで聞いたことがあるんだよな。ゲームの中でも、有名な……あっ、ヒロインが勇者を見送るシーンじゃないか!」
確かヒロインが魔王討伐に向かう勇者の王子にポーションを手渡して同じことを言っていた。
後にヒロインは聖女として覚醒するから、一緒に旅をすることになる。
ゲームプレイヤーだった俺は、無意識にゲームのように行動していたのだろう。
鬼の顔をした父に睨まれていたら、緊張して逃げることしか考えてなかったからな。
「はぁー、一休みするか」
俺は布団に戻り二度寝をする。
やっぱりゆっくり過ごすことが俺には合っているようだ。
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