第37話 薬師、各々の反抗期 ※一部父親視点
食事会は静かな雰囲気のまま準備が進められていく。
俺が屋敷に肉を提供しているのもあり、並べられるのは肉料理ばかりのようだ。
「こんな簡単な食事ばかりで申し訳ない」
「いえ、この時期はどうしても食料が不足してしまうのは仕方ないです。むしろ私のために準備していただき、ありがとうございます」
父とセリオスの会話に再びステラの顔はムッとしている。
「おにいしゃまがいないと、おなかぺこぺこなのに」
食料を用意しているのが、ほとんど俺なのをステラは知っているからこそ、父の謙遜している態度に納得いかないのだろう。
チラッとノクスを見ると、何かに耐えているのか手を強く握っていた。
怒っているのはノクスも同じようだ。
そんな二人を見ているだけで、俺は嬉しくなってくる。
ただ、これ以上距離を離されないように、俺は無表情を貫き通すしかなかった。
「魔物討伐は早速明日から始めますか?」
「ええ、セリオス様が知っている通り、魔物は活発に動きだす前に仕留めた方が良いですからね」
「わかりました。ただ、王都でも雪の病魔が流行していたため、ポーションの数が足りない状況です」
「無闇に魔物の討伐をしない方が良いってことか……」
「これうまいぞ?」
「おにいしゃまのしゅきやきのほうがしゅき」
「僕も食べたかったな……」
「すき焼きを知ってるのか?」
「いや、別に覗いていたわけではないからね!」
父とセリオスは深刻な顔で話をしているが、俺達は邪魔にならないようにと食事を堪能していた。
ノクスはステラにすき焼きのことを聞いていたのだろう。
また、調理場でパーティーをするのも悪くない。
「お前らはこの領地のために、案を一つでも出そうとしないのか!」
次第に声が大きくなったのだろう。
父がその場で怒りを露わにした。
「申し訳ありません」
流石に領地のために話しているのに、気にせず食べていた俺らが悪いからな。
ただ、怒っている弟妹達を宥めるのも兄の役目だ。
そのままにしていたら、いつ爆発して怒るかわからないからな。
「セリオス様はこんなにも立派なのに、メディスンは何をしてるんだ! 力がなければ頭を使わないでどうする」
「ごもっとも――」
戦う力がない俺にできるのは、頭を使うぐらいだからな。
父の言うことは間違ってはない。
ただ、それに反抗するかのようにステラは立ち上がった。
「おとうしゃまは何もわかってない!」
「おい、ステラ落ちつ――」
「きもちわりゅい!」
「くっ……」
ステラを落ち着かせるために座らせようとしたら、手を振り払われてしまった。
まさか笑った顔以外に気持ち悪いと言われるとは思いもしなかった。
あれだけ手を繋いだり、腕を組んだりしているのに、まさか服を掴んだだけで気持ち悪いって言われるとは……。
「ぐへへへ……」
もう無表情を貫き通せないようだ。
乾いた笑みが溢れ出てくる。
「おにいしゃまがみんなのために、たくさんがんばってるの! みんなしてきらってきもちわりゅい!」
「ふぇっ!? どこいくんだ?」
「かえりゅ!」
食べることが大好きなステラが、肉を完食することもなく大広間から出ていく。
それに気持ち悪いって言っていたが、俺に対して言っていたわけではない気がする。
「僕も勉強があるので失礼します。父様は一度町や若手騎士達の訓練場に訪れたほうが良いと思います」
ステラに続いてノクスも大広間から出ていく。
残された俺はただただ居心地が悪くなってきた。
父の顔が怖くて全く目も向けられないかな。
それでもノクスやステラが俺の味方になってくれたのはわかった。
だから、俺は今やれることをするだけだ。
「では私は頭を使って何かできることを探させていただきます」
さすがに居づらくなった俺は、まるでねずみがネコから逃げるかのように素早く移動して、大広間を後にした。
せっかくラナがボサボサな髪を整えて、綺麗な装いの準備をしてくれたのに台無しにしてしまった。
早く戻ったら怒られるだろうか。
外は少しずつ暖かくなっているのに、どこか本館の屋敷は冷たく感じた。
♢
「セリオス様、申し訳ありません」
「いえ、学園では部屋に引きこもっていたメディスンが弟妹にあそこまで好かれているとは知りませんでした」
「ははは、私もノクスとステラがあんなに怒った姿を初めて見ました」
子ども達が私の知らないところで成長している姿に胸が締め付けられるとともに、喜びを感じていた。
今まではわしの言いなりだったからな。
やっと自分の意思を伝えるところを近くで見ることができた。
「では、また明日からもよろしくお願いします」
「こちらこそ情けない姿を見せて申し訳ない」
セリオスはそのまま用意した部屋に戻っていく。
妻と二人だけ残されたわしは気が抜けたのだろう。
大きくため息を吐く。
「はぁー、やっとあいつらも反抗期か……」
「もう、反抗されたからってニヤニヤしないの! 口元が緩んでいたわよ」
「そんなの当たり前じゃないか! それにあいつらのためだってわかってるけど、嫌われ役も辛いんだぞ!」
ルクシード辺境伯家は代々厳しい環境での教育が受け継がれている。
それは
どうしてもこの辺境地が田舎なのもあり、他の貴族達からも舐められてしまう。
元々ただの傭兵から成り上がった初代が男爵となり、そこから辺境伯という国を守る立場まで成り上がった。
それでも長い歴史を持つ他の貴族達が、ルクシード辺境伯家をよく見ていないのは誰もが知っている。
「誰にも負けない精神力と強い力、知識が必要だ。それがなければ貴族としても生き残れないし、領主としてもふさわしくない。けど……」
「けど?」
「やっぱり言い過ぎだよな? わし絶対意地悪な顔していたと思うぞ」
昔から嬉しい時に自然と笑ってしまう。
口元がピクピクと動き笑っている時は、妻から何度も気持ち悪いと言われた。
それを抑えるために無表情で過ごしているが、さらに子ども達を威圧していただろう。
貴族達にも効果的だからな。
無表情がへばりついてしまったようだ。
「メディスンが頑張っているのは、わしも知ってるからな」
なるべくメディスンが自分で考えて、せめて知識だけでも息子は役に立てるってことを教えたかった。
だから、確認しながらセリオスと話をしていたのに……あいつらは楽しそうにイチャイチャしやがって……。
わしも混ざりたかったぞ!
「新しいポーションを作ったのも、ここにあるお肉を用意したのもメディスンですもんね」
「あいつがやっと自分の力を使って領民やわし達のために……あー、涙が止まらん。あいつは一人でずっと頑張ってきたからな」
「もう! 本当に情けないわね!」
涙を手で拭うが、滝のように出てくる。
わしには妻がいたから耐えられたが、メディスンはずっと一人で頑張っていた。
せめてわしができるのは次期領主というプレッシャーを取り除いてあげることだった。
だが、大きく開いた溝は埋まることもなく、わしはメディスンとどう接すれば良いか、今もわからない。
どこかでメディスンを見かけたら、たまにコソコソと追いかけるぐらいだからな。
魔物にも見つからないわしの力が、ここでも役に立つとは思わなかった。
子どもの成長を陰ながら見守るのは親の役目として当たり前だ。
ただ、この間は若手騎士達にバレて、メディスンが見えないように隠されてしまった。
あいつらメディスンの周りを必要以上に見られないように固めるからな。
メディスンもそろそろ好かれている自覚を持った方が良いぞ。
特にクレイディーと呼ばれる若手騎士は、メディスンを誘拐して監禁するレベルで危ない目をしている。
俺の長男を嫁がずわけにはいかないからな。
「明日から魔物討伐に向かうんですよね?」
「ああ、ここに住む領民と子ども達を守るのはわしの役目だからな。わしがいない間も子ども達を頼む」
わしは妻に頭を下げる。
きっとわしよりも妻の方が頼りになるからな。
「わかりました。魔物をたくさん倒して、活躍したら、きっと子ども達のあなたを見る目も変わると思うわ」
「本当か?」
「ええ、あの子達の母親である私が言ってるんですから」
「そうか……。あいつらのために頑張らないとな」
わしは魔物を倒して帰ってきた後のことを想像する。
きっと子ども達は目をキラキラさせて、寄ってきてくれるだろう。
「父さんすごいってハグでもしてくれるかもな。ぐへへへへへ……」
「相変わらず気持ち悪いわね……」
わしは子ども達にカッコいい姿を見せるために、何度も何度も頭の中で想像を膨らませていた。
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