第36話 薬師、食事会に誘われる
離れの屋敷に戻ると、特にやることもない俺はいつも通り実験を繰り返していた。
今やっているのはライフタブレットとマナタブレットの実験だ。
どちらも初級という文字が付いているため、他にも中級や上級も存在すると思っている。
薬の効能が上がるのか、それとも副作用がなくなるのかはわからない。
ただ、魔物が活発になるのを想定すると作っておいて損はないだろう。
処刑ルートをもう回避できたと思っていたが、まさかこんな大事なことを忘れていたとは思いもしなかった。
ゲームのメディスンは王族の支援をやめなければと言っていた。
その一つが今日来たセリオスの魔物討伐の支援だろう。
ただ、支援は来ているが他に違う問題があるのだろうか。
「まぁ、何かが起きたらどうにかするしかないな」
考えていても何が起きるのかはわからない。
それにこの先のことをずっと考えるよりも、直面した時に問題を解決した方が俺には合っているのだろう。
今までそれでコツコツと一本の道のように繋がってきたからな。
再び気を取り直して実験に戻る。
「やっぱり素材か魔力粉が関わっているんだろうな」
ポーションに必要とされる薬草などから抽出された成分を使っても、合成することはできなかった。
合成ができないということは、そもそものレシピが間違っているということになる。
可能性として考えられるのは、俺の知らない異世界特有の成分があるのか、もしくは魔力粉の質の問題になる。
手元にある魔力粉はFランク魔石から抽出したものだ。
冒険者ギルドでは、素材を手に入れる機会はあっても、魔石はすでに抜き取られていることが多い。
魔石は魔導具のエネルギーとして扱われるからな。
冒険者ギルドに説明して魔石を用意してもらう方が良いだろう。
――ドドド! ガチャ!
「メディスン様、今すぐに身支度の準備をしてください!」
勢いよくラナが扉を開けて入ってきた。
「どうしたんだ?」
その腕には男性用のジャケットを手に持ち部屋に入ってきた。
普段は領民と変わらない麻の服を着ていることが多い。
ジャケットを着る機会はあまりないし、ズボンの生地もしっかりとしている。
表情からして何か嬉しいことがあったのだろうか。
「これから家族全員でセリオス様とお食事することになりました」
「なんだって!?」
その言葉にさっきまで考えていたことが飛んでいってしまった。
どうやら久しぶりに両親と食事を摂ることになったようだ。
今までこういう機会はあまりなく、魔物の討伐支援が来たとしても、俺が呼ばれることはなかった。
きっと俺とセリオスが同級生ということが関係しているのだろう。
そうでもなければ俺を呼ぶ必要はないからな。
「せっかくなので綺麗に装いますよおおおおお!」
背後にメラメラと燃えている炎が見える。
張り切っているラナの横で俺は何も言えなかった。
さっきからずっと胃が痛いんだけどな……。
「本当にこれで良いのか?」
「メディスン様……」
「おい、なんか反応しろよ。不安になるだろ……」
「ちゃんとしたら存在感はありますね」
ラナはいつも通り俺を貶しているのか?
ヒョロヒョロな俺は普段からどこかに紛れているのは、俺でもわかっている。
「背筋を伸ばして堂々と行ってきてくださいね。私のご主人様なんですからね」
ラナは思いっきり、俺の背中を叩き応援し送り出してくれた。
本館にちゃんと行くのは雪の病魔が流行している間に、ゼリー作る時に忍び込んだぐらいだ。
いや、俺もルクシード辺境伯家の一員だから、忍び込んだことにはならないのか。
そんなことを思っていると、すぐに大きな扉が目の前に現れた。
考えごとをしていたため、着いたことに気づいていなかったようだ。
俺は案内されるがまま部屋の中に入っていく。
「メディスン、遅いぞ」
「と……父様、申し訳ありません」
久しぶりに名前を呼ばれたことに驚き、声が吃りうまく出なかった。
これがメディスンと父の距離感なんだろう。
すでに俺以外はみんな椅子に座っており、楽しそうに話しながら待っていた。
セリオスのお出迎えをしていた段階で、俺以外はしっかりとした服装を着ていたからな。
一度セリオスに頭を下げてから席に座る。
俺の席は家族とは少し離れた一番入り口側だ。
通常長男であれば両親の隣に座るのが慣わしだ。
だが、今は俺ではなくノクスが次期領主の候補として教育されている。
「おにいしゃま、とおいよ?」
ただ、その光景にステラは疑問に思っているのか首を傾げて見ていた。
実際俺だけ席一つ分ぐらいは開けられて、ポツンと椅子が置いてあるからな。
仕方ないから席を用意したということだろう。
「しゅてら、おにいしゃまとたべりゅ」
ステラは自分で椅子を動かし、俺にべったりくっつく形で座った。
ここ最近は食事を一緒に摂る機会が増えたため、ステラにとっては当たり前だが、その光景に両親は驚いた顔をしていた。
「のくしゅはいいの? いちゅもおにいしゃまと――」
「ステラ!」
ノクスは顔を真っ赤にしてステラを睨んでいた。
あれは恥ずかしい時にする顔だろう。
ステラに対しては、露骨に表情や態度に出てくるからな。
「ステラ、向こうに戻りなさい」
「いやだ!」
こういう時に限ってステラの頑固さが発動する。
俺の腕を持って離れようとしない。
ただ、そんな光景に母は笑っていた。
チラッと隣にいた父の顔を見てみたが、鬼のように……いや、それ以上に怖かった。
「メディスン、もう少し近くに来なさい」
「はい」
このままでは食事も始められないと思ったのか、俺も席を近づけて食べることになった。
ただ、ステラの意向で俺はノクスとステラに挟まれている。
「兄さん、ステラがわがままで大変だね」
「のくしゅもしょうじきになりなよ」
ノクスが小さな声で俺に話しかけてくるが、ステラにも聞こえていたのだろう。
気づいた時にはピッタリと挟まれている。
椅子なんて隙間もなくくっついているぐらいだ。
「僕はいつも正直者だよ。ねぇ、兄さん?」
「あー、俺にはいつも目も合わせてくれないけどな?」
「それは兄さんが僕をジィーって見てくる――」
「お前達静かにしなさい」
父の声に俺達は三人揃って静かになる。
そういえば、セリオスが来ていたんだよな。
チラッと視線を合わせると、俺達を見てクスクスと笑っていた。
ああ、これは完全にバカにされて笑われているのだろう。
俺は誤魔化すために愛想笑いをした。
「ぐへへへへ」
その瞬間、セリオスの顔は白氷の騎士と言われている理由がわかるほど冷たい表情に切り替わった。
室温が急に氷点下になる勢いだ。
そして、隣には椅子を急いで離すノクスとステラがいた。
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